第十三話 ここはどこ
「これで当面は生き延びられるだろうけど、これからどうするのさ?」
「一先ずは生き延びて、最終目標は国に帰ることですね」
「あー、なんか違う理で考えてるとは思ってたけど、キミって違うトコから来てたんだ」
「そうだと思います。ちなみにこの辺りって人間からは何と呼ばれているか分かりますか?」
「確か……ミュルキの森だったかな~。他にも魔獣の森とかニンゲンは言ってたね」
ミュルキ、はて、聞き覚えの無い地名だ。語感から言って日本では無いことが確定しちゃったよ。
魔獣の森ということは、危険な動物が生息していた?確かにジェヴォーダンの獣のように実際に人食いの生物に人が襲われた事例があれば、近隣での通称が魔獣の森となる可能性はあり得るか。日本でもカッパ淵や天狗山って地名が残っているくらいだし。きっとそういった伝承が残る土地なのだろう。
ここが外国という前提でアプローチを変えてみるか。
「日本、ジャパン、ジャポン、ジャッポーネ、ヤーポン、ヤポーニヤ……この国名に聞き覚えありますか?」
「んー、昔あちこち世界を回ったけど、ヒト種の国名はコロコロ変わるから覚えてないね~」
確かに、妖精なら国籍とか無いだろうし、そもそも国という括りに興味は無いか。何か方法は……あ、意識共有で日本の風景を共有してみるか。これなら国名は判らなくても、行った覚えがあるかどうかは判るはずだ。
「ちょっと、意識共有で私の国の風景を思い浮かべてみますね……」
まずはカワウソさんの生活圏たるオフィス街。
夜のネオン街や、街頭ビジョン。
駅のホームや、車が行き交う道路。
ビルの中や、仕事場の研究室。
名峰富士に桜並木、そして日本独自の建築物である、天守閣を持つ城。
更にキッチンで調理する様子や、風呂。
「どうですか?」
「………。」
妖精さんが難しい顔をしている。うーむ、妖精の伝承が残り、積み石の城が現存する場所を考えると、現在地は恐らく欧州。なので、今度は出張で学会に参加した国々の風景を、次々に脳裏に浮かべた。
「これもダメでした?」
確認のため、妖精さんに視線を移す。気付くと、妖精さんがジッと俺を見ていた。
そして、口を開く。
「キミは、どこから来たんだい?」
「え、だから日本っていう国で……」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ。アタシはいったい何を見せられたの?キミが空想した世界の風景?」
その瞬間、意識共有で伝わってくる膨大な疑問の嵐が脳を襲う。
―――あの巨大な石の塔の群れは何?
―――夜でも明るい……いったいどれだけの魔法が使われている?
―――巨大な箱を高速で動かす魔法?こんなの知らない。
―――建物の中も外も魔法だらけなのに、マナが見えない?
―――変な形の建物を城と表現した?あんな色と形の城なんて知らない。
―――生活の中にも青い焚火の魔法、水が湧き出る魔法、箱に風景を映す魔法、箱が歌を歌う魔法、声や文字を届ける魔法、光を出す魔法、箱の中の物を冷やしたり氷を生み出す魔法、魔法、魔法、魔法……これだけの魔法を使っているのにマナが一切使われていないのは、なぜ?
「あ、い……あ」
嫌な推測が脳裏に浮かび、何かを言おうとして声が震える。現代の大凡の国々で一般化されている車や電車、ガス、水道、電化製品。どの国でも見られるそれらを、妖精さんは『魔法』と表現した。十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない、とは誰の言であったろうか。
思考を共有しているからこそ感じてしまった。これは国の違いから来るカルチャーショックでは無い。まるで『科学の無い世界』から見た、『科学文明』へのカルチャーショックのようではないか、と。
「まさか……噓でしょ?」
そもそもが、カワウソの体になっている時点で異常。
そして、妖精という未知の種族が存在する時点で異常。
さらに、化学反応や物理現象を無視したマナという存在が異常。
そのマナが介在する世界の仕組みそのものが、異常。
ここを地続きの別の場所と認識し帰ることを目標としていたがために、無意識のうちにこれらの異常を我々の世界でも『有り得るかもしれない』と認容してしまっていた。もしもその認識が誤りであるとすれば、今自分が存在しているこの場所は……
「うん、その解釈は間違っていないと思う」
妖精さんが珍しく真剣な表情で、俺の脳裏に浮かんだ嫌な推測を肯定する。
よく知る地球ではなく、別の場所。宇宙には無数の惑星が存在するが、ここまで環境や生き物の形態が地球に近似した星になる可能性はニアリーイコールで0%、有り得ないため、同一の宇宙にすら存在しない場所。
則ち今まで居た世界の外側―――異界、異世界。
古くは常世の国や竜宮城、ニライカナイ、マヨヒガ、隠れ里伝承、天狗道、神隠し。
海外においてもエデンやシャンバラ、ティル・ナ・ノーグ、ヴォウルカシャ、アアルの野。
現代においてもファンタジー映画やゲーム、マンガ、怪談話など、その舞台の例を挙げれば枚挙に遑がない。
わたくし、コヅカ コウゾウ 38歳。独身。
ちょっぴり婚活に苦戦しているハードボイルドなナイスミドルは、外国ではなく、実は『異なる世界に放り込まれてしまっていた』らしい。
ホント、今更だよ。
オジサン、なんで今まで気付かなかったんだろう……




