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柘榴に色づく、  作者: 沓名
2/2

階段-2-


「───っていうのが俺の話でーす」


 天井の照明を消したカラオケの大人数用の個室では、テレビの明るさとテーブルの上の無数のキャンドルライトが辺りを照らしている。

 卓を囲むように座っていた男女が一斉に拍手した。


「本格的!それっぽい!それマジなんすか!?」

「まじまじ。今思えば神様もさみしかったんかなーってなるよな」


 「悪いものじゃなかった気がする」と付け加えれば質問してきた後輩はうれしそうに歓声を上げた。

 ほかの酔っ払い連中はほとんど聞いてなかったらしく、適当に相槌をしながらまだ缶ビールをすすっている。いまだに拍手してるやつもいるからだいぶ酒臭い空間だった。


「てか幼馴染って藤田先輩のことっすか」

「ん?ああ、そうだよ。結局あいつはどうして俺があそこにいるのわかったのかとか全然教えてくれなくてさ」

「へぇー、なんか感じたんすかね?」


 そう言うと、後輩──羽場は缶チューハイを傾ける。確か5本は飲んでるはずだが、顔色も呂律も普段と変わらない。

 余談だが、その後幼馴染の藤田柊真と一緒に神社を出ると階段に異常はなく普通に出れた。しかし、なぜか外は真昼間で俺は一晩失踪してたらしい。なんでだろうって柊真に相談すると、「神隠しっていうのはそういうものだ」と返ってきた。

 俺が不用意にここにいさせてくださいなんて祈ったのが悪いんだと。いまいちそこら辺の神様基準判定がわからん。


「あれ?そういや遠藤先輩、藤田先輩のことも呼んでるんですよね?」

「おー?そうだなあ!」

「うわ。べろべろじゃないすか。嫌ですよ、また運ぶ係に任命されるの」


 今日の飲みの主催者の遠藤創先輩はすっかり出来上がっている。既に二次会だし、酔いやすい人だから無理もない。なのに毎週のように飲み会を開いてはその広い人脈でサークルも学科も違う俺たちを呼びどんちゃん楽しんでるようだ。

 俺が呼ばれたのは二次会からで、みんなめちゃくちゃに酔っていてドンキでLEDのキャンドルライトを大量買いし、百物語やろうとカラオケの個室を異様な雰囲気にしていたところだった。

 でもみんな酔っぱらっててまともに怪談なんて話せないから怪談要員としてもう今の話で5話目だ。これ俺が100個分話すのかな。

 どうもこういうのに手を抜けなくてしっかり語ってるけど正直もう疲れた。はやく柊真も来てほしい。


「うぃー」

「お、やっと来ましたね!さあさあ!」

「なんだこれ」


 扉が開くとどこからともなく聞こえてくる歌声たちがわずかにでかくなった。

 柊真が部屋の様子に顔をゆがめる。そりゃそうだろう。このキャンドルライト、何個あるんだろう。

 柊真は上はスウェット、下はジーンズという格好でちょっと長めの黒髪をかきあげながら、俺の隣に座った。連絡を受けてそのままこっちに向かったんだろう。鞄も持たず、スマホと財布だけズボンにつっこんでいた。


「百物語だってさ。お前覚えてるか?俺が神隠しにあった時のこと」

「ああ。盛大に怒られたな」

「俺を探してお前も一晩消えたからな。そういえば石段で転んだとこ、神社出た瞬間にめちゃくちゃ痛くなってきてさ。お前に担いでもらいながら帰ったっけ!」


 今では笑い話にできるがあれからしばらく高架下に続く階段を見るのが怖くてあそこを通る時だけ下を向いてたっけ。

 柊真だけがあれを知ってるから、随分臆病になった俺を助けてもらっていた。


「友情っすねぇ。あ、藤田先輩も話していってくださいよ。百物語なのにまだ5つ目が終わったばっかなんすよ。もうまともに話せるの素面の先輩たちくらいですって」

「お前もハキハキ喋れてるじゃないか、羽場。そもそもそういう儀式はノリでやるもんじゃない」


 柊真が軽く羽場の頭を小突くと羽場は笑いながらソファに寝そべった。案外こいつも酔ってるのかもしれない。金色のメッシュが入った髪がライトに照らされて赤く見えた。


「あと天真、お前スマホは?」

「持ってるけど?」

「梓ちゃんがお兄ちゃんが電話にでないって俺に泣きついてきたぞ」

「え?」


 慌ててズボンのポケットに突っ込んでいたスマホを開くと、講義の時からずーっとスマホを通知が鳴らないモードにしていた。

 柊真がいうように妹からの通知が12件も入っている。


「まずいな。今日なんかあったっけ?」

「さあ?ということで俺は天真の迎えだ。店側にも迎えだけって言っちゃったし。悪いな、羽場。楽しめよ」

「ええ!?もう帰っちゃうんすか!?」


 薄情だと訴える羽場が泣き真似をしながら缶チューハイをテーブルに置いて、俺たちの服の裾を引っ張った。寝っ転がる体勢で握っているからズボンがずり下がる。


「おいこら羽場!これ以上ここにいても話すことねえよ!ネタ切れだ!」

「なら藤田先輩が話してくださいよ〜!俺オカルト好きなんすよ~?」


 柊真は今度こそ拳を固く握り、羽場の脳天めがけて落とした。だいぶ痛そうだったが、これで俺たちのズボンは無事守られる。

 財布から適当な金を出してテーブルに置くと俺は扉をあける。もう遠藤先輩はすっかり寝落ちていた。


「羽場、俺の怪談話はそう簡単に聞けるもんじゃないぞ」


 それだけ言い残すと呆けた顔をしている羽場を置いて、柊真は先に部屋を出た。

 すかしたことしやがってと思うものの、確かにこいつのそういう話はだいぶ怖い。できれば聞きたくない類のものだ。少なくとも俺の話の5倍は怖いかな。

 外に出るとなんだかジメジメしていて、風がなかった。この時間でも街中は人通りがそこそこ多い。圧倒的に男が多いが、さっさと帰るかと二人並んで歩く。


「そういえば梓ちゃんの用件なんだったんだ?」

「あー、頼まれてたんだけどすっかり忘れててさ。もう本屋あいてないよな」

「現在時刻10時55分」

「無理だー」

 

 妹には帰ってから謝ることにして駅を目指す。15分ほど歩くと駅のホーム内へ入り、20分ほど揺られて俺たちの最寄り駅まで到着した。

 ここまで来てしまえばだいぶ町は静かで街中と比べれば暗い。いつもの帰宅時間ならこうこうとついているスーパーや商店街の明かりたちは皆消えていた。心なしか温度も下がった気がする。


「俺、コンビニに寄りたいんだけど」

「おー。俺も梓のご機嫌取りになんか買おうかな」


 柊真の提案でいつもとは少し違う道のりで帰ることにした。24時間営業のコンビニに入って俺は真っ先にスイーツやアイスのコーナーを見物する。

 妹の好物であるチーズケーキを見つけるとそれだけをレジに持って行った。

 確か母さんは明日は早番だからもう帰るころには寝ているはずである。父さんはダイエット中なので何もいらない。

 俺も夕飯は済ませていたしカラオケでジュースを飲みまくっていたので特に買いたいものはなかった。


「トイレよるから待ってて」

「はーい。外にいるから」


 店員の声を背に、コンビニから出て入口から少しずれたところで柊真を待つことにした。

 ここら辺は住宅街なので、等間隔の街頭と窓から差す電気の灯りで視界が良好だ。ふと、右に顔を向けると人影が見えた気がした。なんとなく目を凝らす。あれは女性だろうか。シルエットでそう思えた。

 明るい色のワンピースだ。いや、赤色のスカートか?よくよく見れば妹に似てるかもしれない。そう思うと少しだけひやりとした。

 なんでこんな時間に中学生の妹が出歩いているのだろう。危ないじゃないか。父さんや母さんたちは気づいてないのか?


「おい、梓」


 チーズケーキの形が崩れないように慎重にコンビニ袋の取っ手を握る。何度か声をかけるも梓は気づかない。

 コンビニから離れて5mほど進み瞬きをしたその瞬間に、妹は消えていた。思わず、立ち止まる。空気が冷たい。

 どうしてだろう。


「大丈夫?」


 聞き覚えのある声だった。背中をそっと押すように触れられる。寄り添っているようにも感じた。

 か細い女子の声だ。きっと後ろの女の子は赤いスカートをはいている。

 足元がぐらついて、尻もちをついた。その間もその手は背中を離れないままだった。ふと、木々のざわめきが耳に入る。そこは森の中だった。

 俺は石段に腰をかけるように座っている。あの時のような体育座りは体格的に難しかった。まるで身体だけが成長してしまったようで心が追いつかない。

 格好は何も変わらず、膝も怪我していなかった。

 視界の奥にはあの子のスカートとそっくりの色をした鳥居が見えた。


「ここにおいで」


 なぜだろう。恐怖しか感じない。あの時のような安心感も倦怠感も、幸福感もない。

 俺は、ここにいてはいけない。



「無茶言うなよ。こいつは人間だ」



 いつの間にか、あの日と同じように柊真が隣にいた。あの日と違うのは息を乱していないこと。隣に立っているのではなく、一緒に座ってること。

 柊真は後ろを向かずに静かに告げる。


「もう、あなたは神ではない」


 その言葉に反論するように突風が吹いた。思わず石段にしがみつくも、その手は柊真につかまれる。なんとなく逆らっちゃいけない気がして、俺は手を離した。


「どうか安らかに───さま」



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