階段-1-
南天真………大学二年生。霊感はあるが何も見えない。
藤田柊馬………大学二年生。天真の幼馴染。簡単に言えばオカルトチート。
羽場一樹………大学一年生。天真の後輩。オカルトが好き。でも霊感は皆無。
遠藤創………大学三年生。天真と柊真の高校時代からの先輩。酒に弱い。
南梓………中学三年生。天真の妹。
小学5年生の時、神隠しにあったことがある。
俺の家は住宅街の一軒家で、小学校までの道のりはほぼほぼ一本道だった。住宅街だから子どもも多い。たとえ1年生であろうと波に乗っていけば学校にはつけた。
3回くらいしか曲がらない道のりだったんだけど、家から出て東側を3分歩いて左に曲がる。そこからはずーっと長い一本道を20分くらいかな。もちろん今の俺の足なら半分の時間で行ける。
その道は緩やかな坂になって、スーパーとかビルとかの間を上るように歩いていく。途中で川が出てきて下る階段が現れる。所謂高架下ってやつ?ちょっと違うかもだけど。まあ、便宜上高架下と表現する。
ある夏の日の下校途中にふと高架下におりたくなった。
別に特別な理由なんかない。まっすぐ帰るのも嫌で、その日は確か委員会かなんかがあっていつも一緒に帰る幼馴染も先に帰っててさ。
階段に近づくと鎖みたいなのがかかってて、ご丁寧にラミネート加工された立ち入り禁止の紙がくっつけられてた。そんなの毎日通ってるんだから何年も前から知ってる。
人目を忍んで跨ぐようにそれを越えた。たまーに大人が高架下の川で釣りしてる。子供たちの間でも、良くないことだけど大人もしてるんだしバレなければいいだろうくらいの認識だった。
階段は茶色く錆びていてボロかった。いきなり底が抜けて真っ逆さま、なんて妄想しながら危なげなく地に足つけた。そこから見えたのは10mくらいの幅の流れの穏やかな川だ。空のペットボトルを見つけて川に投げた。川の深さはだいたい40cmくらいだったと思う。
することもなくなって、ふと上流の方を見た。遠くでだんだん細くなっていく川になんとなく興味が引かれてランドセルをそこに放って駆け足でのぼっていった。ランドセルの中身が重かったのかなんなのか、やけに身体が軽かった。
駆け足でどれくらいのぼったんだろうな。最初の川の半分くらいの幅になってきて、代わりに水深が深くなっていった。上流は流れがはやかった。途中でその川の間に五個くらいの石が川の水面から5cm程度上に出ていて、等間隔に配置されているとこがあった。その石を踏み台にしていけば橋みたいに向こう側に行けるようになっていたんだ。
向こう側はただの森だったが、獣道みたいに縦長に細く土が見えていた。木の幹がむき出しになっていたりしていて、看板も何もなくとてもその奥に何かあるようではなかったんだが、好奇心で川を渡った。
進んでいって3分もするとだんだん不安になってくる。そもそも来てはいけない場所だったし、この森をずっと進めばたぶん山にたどり着く。というか森自体山の一部だった。当然、熊とかそういうものもいるだろう。帰り道がわからなくなるのも嫌だし引き返した。
そこで俺のちょっとした冒険は終わるはずだったんだ。
5分歩いた。でも川は現れない。おかしい。まっすぐの獣道を3分しか歩いてないはずなのに。そう思った時、ちょうどガラケーの充電も切れた。森に入ってからずっと圏外だったし、連絡手段はこれで完全に途絶えた。
どうしよう。間抜けなことに歩くのにも疲れてきた。下を向きながらトボトボ歩いていると、視界の端に石段が見えた。顔を上げる。石の階段が俺の右側に現れた。来た時にはなかったはずだ。木々の隙間にほっそい階段がずいぶん上まで続いていた。階段の両脇には真っ赤な柱が立っていて、見上げるとそれは神社の鳥居だった。
ああ、あの川の石橋はここに来るためのものだったのかもしれない。1つ、納得がいって心に余裕ができた。あんなものがあるのなら参拝者がいるかもしれないし、神主がいるかもしれない。神社で助けを待っている方が森をさまようよりもよっぽどいい。
鳥居の前でここにいさせてくださいと祈り、一礼して石段を上った。1分とか2分とかかな。階段をのぼっていくと想像通りの神社だった。案外境内は広くて、とりあえずいつも通りの手順で手を清めたり参拝してみた。うちの親は結構そういうのちゃんとしてるタイプだったからなんとなく覚えてた。
それから1時間もせずにあたりは真っ暗になった。神主も参拝者もいないさみしい神社に一人きり。普通に心細かったから1回神社を出ようとした。暗闇の中、石段を慎重に降りる。向こう側にちょっとだけ赤い鳥居が見えた気がした。
鳥居目指してひたすら階段を降りたんだが、何かおかしい。一向にたどり着けないんだ。どれだけ階段を下っても、下っても、下っても、下っても、降りれない。
何分間階段を降りたんだろうな。5分?30分?1時間?息が切れて、眩暈がしてきた。視界は涙で歪んでてがむしゃらに下り続けた。途中で盛大に転んだ。なぜだか二段くらい落ちただけで転がり落ちることはなかったけど、豪快に膝小僧を擦りむいた。もう無理だと思った。帰れない。
不意に後ろから声が聞こえた。「大丈夫?」とか細い女の子みたいな声だった。でもなんとなく感じた。振り向いちゃいけない。見てはいけない。その声は人間の声じゃないって。いまだにあの感覚は忘れられないな。本能というか、第六感というか。とにかく、返事も駄目だと思ったから体育座りをしてだんまりを決め込んだ。
後ろの声はずっと俺に語りかけてきている。「ここにいれば怖くないよ」と俺の背中に触れてきた。あたたかくはない。冷たいわけでもない。温度を感じない手だった。
次第にその声が心地よくなってきた。不思議なことに膝が痛くない。森の中歩いていた時に感じてた空腹感もない。寒くも暑くもなくなっていた。
確かにここにいれば何もつらくないんじゃないかと思い始めていた。ゆっくりと立ち上がる。辺りは真っ暗なのに少し向こうの赤い鳥居だけは見えていた。覚悟を決める。
俺は振り返った。脈拍が早い。耳鳴りがする。このまま死んでしまうかもしれない。いざ窮地に立たされてみれば心残りの1つも浮かびやしなかった。かたくつむっている目を開ける。
その時───隣から声が聞こえた。
「何してんだよ、天真」
首だけで振り向くとそこには幼馴染がいた。やつにしては珍しく、汗をかいていた。ちょっとだけ息も乱れてた気がする。
俺は反射的にさっきの声の主がいた方向をもう1度見た。1度目も2度目も、俺には何も見えなかった。




