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①追跡



 帝国所属の船が落ちた森の中で、四人は逃げ出したグリフォンを発見したが、その姿を見て驚きを隠せなかった。


 薄暗い木立の下で巨大で鋭い(くちばし)を巧みに使い、ずるりっ、と仕留めた獲物の熊から臓腑を引き摺り出しては、天を仰ぎながら開いた口の中へ、かっか、かっかと落としていく。そしてその純白の羽毛は獲物から浴びた反り血で点々と染まり、獰猛な性格を如実に現していた。


 更に、その体躯は見るからに大きく、人の背丈を遥かに凌ぐ体高は見るものを圧倒し、前後の鋭い鉤爪を備えた脚も太く、強靭そのものである。この辺りではなかなか出会わない乗用のグリフォン(帝国では鷹馬と呼ぶが)と比較しても、明らかに桁外れの体躯だった。但し、良く絵画や紋章に記されているような翼は無く、見た目は羽毛に覆われた四つ足の鳥、と言う点が一般的なモノとの違いと言えるだろうか。



 (……ちっ、グリフォンだって聞いてたから舐めてた訳じゃないけど、とんでもない化け物じゃん……)


 キアラは構えた弓矢を握る手が汗で滑らない為、指貫きしたグローブを着用していたが、それでも緊張を解そうと呼吸を整えながら、掌にかいた汗を意識した。


 彼女は魔獣、いわゆる超自然的な魔物に近い生物を専門的に狩るハンターだったが、その腕は確かで誰からも信頼されていた。幾度かししょーが食材を確保したくて依頼を出した際には、毎回その見事な仕留め方に驚いて質問攻めにし、彼女を辟易(へきえき)させた程である。


 それだけの技術と経験が有りながら、矢を放とうとしている今この時でさえ、外してしまったら自分の命は無い、そう思うだけで恐ろしくなるのだ。



 そんなキアラの様子を察したカーボンは、最善策を考える。様々な状況に面しても確実に獲物(時には人の場合もある)を見つけ出し、そして確保するのが【追跡手(チェイサー)】としての彼の役割である。


 (あのグリフォンは食事に夢中で、まだこちらの気配に気付いていない。しかし、キアラは優秀なハンターだからこそ、相手の力量を察し過ぎて矢が放てない……か)


 そう分析し、カーボンは後ろに目配せすると近くの木に近付き、身軽に幹をスルスルと登って枝の上に立ち、身を小さく折り曲げながら枝を折りわざと音を立て、グリフォンの気を引いた。


 パキッ、と森の中に音が響いた瞬間、グリフォンが圧し掛かっていた熊の上から身を起こし、カーボンが潜む木に向かって首を向ける。その瞬間を逃さずキアラは長弓に矢をつがえ、キリリと引き絞って即座に放った。


 シュンッ、と鋭い風切り音と共に森の中を一直線に飛翔した矢は、狙い(あやま)たずグリフォンの左眼に突き刺さる。


 「くぅあああああぁーーーっ!!?」


 残された右眼をカッと見開きながら、グリフォンが森全体に響く絶叫を上げたその時、まるで再び放たれた矢の如くカーボンが樹上から飛び降りて疾走し、手にした投げ(あみ)をグリフォンの顔に向かって投げ付けた。


 バサッ、という音と共に飛来した細かい目の網で、視界を塞がれたグリフォンが狂ったように地面を掻き、網を外そうと木々を折りながら踠き狂うが、分銅の付いた投げ網が複雑に絡んで容易には外れない。


 と、嘴を開きながら再び威嚇しようと息を吸いかけたその瞬間を逃さず、キアラが放った二の矢が口蓋(こうがい)の一番柔らかい箇所に突き刺さり、グリフォンの脳髄を見事に貫いた。




 「いやぁ、凄いなぁ! 間近で見ると狩りってのは本当に危険が危ないって感じで大変なんだねぇ!!」


 ししょーが興奮冷めやらぬまま、キアラに向かって畳み掛けると、


 「ま、まぁそうだね……いや、確かに大変なんだけど……」


 流石に勢いに押されて、少し照れたようになりながらグリフォンに近付いて、放った矢の刺さり具合を確かめた。


 「あ、そう言えばカーボンさんって、武器の類いは持ってなかったんですか?」

 「ああ、俺は滅多に武器は持たないよ。追跡手には必要無いし、元々戦うのは苦手なんでね」

 「えっ!? グリフォンを追うって知ってても? ……はあ、まだまだ世間は広いな」


 ふと気付いて投げ掛けられたジェロキアの問いにカーボンが答えると、その豪胆さにジェロキアは色々と思い知らされたのだが、


 「さて、それはともかく……コイツ、どうしたもんかな……」


 早速持って来た解体用の道具入れを紐解きながら、ししょーが恐れる様子を微塵も見せず羽毛に手を伸ばす姿に、


 (……仕事になると、こいつも変わらんか)


 と、道は違えど彼も同類なんだと理解した。




 ししょーは改めて獲物の前に立ち、その処遇について思案を巡らせつつ観察してみる。


 今回仕留めたこのグリフォンは、一般的な種類とは違って翼の類いは備えていない。軍馬として品種改良されていき、空を飛ぶ代わりに人を乗せて地を駆ける能力に特化させた結果、不要な翼は退化していったようだ。


 しかし、問題はその大きさである。足元に転がる食べ残しの熊も決して小物ではないが、今しがた狩ったばかりのグリフォンに比べれば子熊にすら見える。無論立派な大人の熊なのだが。


 それにしても、実に大きな身体である。


 前肢は獲物を捩じ伏せる為か筋骨隆々に発達し、純白の羽毛に覆われているにも関わらず、無駄な贅肉の類いが付いていないのが良く判る。そして後脚は逞しい臀部と一体で、獰猛な肉食獣そのものとしか言いようがない。


 しかし、今回はその巨体が問題である。何せ現場に居合わせているのはたったの四人だけなのだ。つまり……どれだけ工夫しようと、持ち帰れる肉の量は限られているのだが、こればかりはどうしようもない。


 うだうだ考えて時間を費やしても何も変わらない。そう思いながら血抜きをする為に顎の付け根に鋭利な短刀を押し当てて、一気に切り裂いて動脈から鮮血を(ほとばし)らせた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 丁寧なのにテンポがよい。 人物たちに温かみがあってとても好き。 [一言] 今度は捕獲から! 楽しみです。
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