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グリフォン亜種



 (うら)らかな陽の当たる店の裏口で、ししょーとチリは店の仕込みをしていた。


 「うんしょ、うんしょ……ししょー、これ位でいーい?」

 「うん、そうだな……こんなもんか」


 【クエバ・ワカル】亭特製の肉料理。イノシシの腸詰めを作る為、肉屋から仕入れた小腸をタライの中で洗っていたのだ。


 昨今、腸詰めと言えば既製品が普及し、手作りするのは珍しい。今回用意したのは鮮度の良い小腸で羊のモノだが、豚は大きくフランクフルトやサラミ等に向いている。細長いパンに挟めば手軽で旨いのだが、何せ仕込みに手間が掛かるのが難点である。では、どうしてししょーは手間を惜しまず自家製ソーセージを作るのか、と言えば……単純にソーセージが好きなだけなのだ。



 羊の腸を綺麗に洗い、後は塩漬けにするだけになった頃。城の騎士団長のジェロキアが二人の前にひょっこり現れた。


 「あっ! だんちょーサンこんにちは!!」

 「チリちゃん、お久しぶりだね」

 「おー、どうした? 店は昼休みだから開けてないぞ」


 三人が声を掛け合いながら挨拶すると、ジェロキアが困ったような表情になり、ししょーは内心で(ははぁ、これは何かあったな)と察する。


 「いや、食事は済ませて来たんだが……ちと()()()()になっちまってな」

 「面倒な事……?」


 立ち話も何だからと言いながら、ししょーはチリにタライを店の中に仕舞うよう頼むとジェロキアを店の中へと招き入れた。




 彼がししょーの元に持ち込んで来た【面倒な事】とは、中央都市が直面している複雑な国際事情が絡んでいた。


 と、言っても国家間のややこしい内情を親しい間柄といえど容易に明かす訳もなく、ジェロキアはかいつまんで説明する。


 「実はな……うちの領地に帝国の船が落ちたんだ」

 「帝国……? ああ、西の端に有る好戦的な所か。中央都市は交易を維持したいから、絶対的中立を主張してたんだろ」


 チリが差し出した果実水を一口含んでから、ジェロキアが話し出すとししょーも同様に一口飲み、常識の範囲で中央都市の状況を思い返す。


 現在、北の海岸沿いの国家間で繰り広げられている領土争いは、破竹の勢いで進む帝国側の一方的な展開だと聞く。新造の空中戦艦を複数保持し、精鋭の強襲部隊が相手側の後方に飛び込んで挟み撃ちにする【飛び石戦術】で次々と防御線を打ち砕き、負け知らずのまま優位に戦を続けているらしい。


 しかし、そんな帝国の船が中央都市の領土に落ちた、と言えば随分と厄介な話だ。それが軍船なのか、それとも輸送船なのかで変わるが、生存者が居れば帰還させる手間も生じるし、船を還すとなると帝国に連絡する必要も出てくる。


 「……まあ、船は小さくて軍船じゃなかったし、残念ながら生存者は居なかった。だから、遺体も船もそっくりそのまま引き取って貰えば一件落着なんだが……」


 と、それまで滑らかに語っていたジェロキアが、不意に言葉を切り、やがて意を決して再び口を開いた時、ししょーは思わず目を見開いた。


 「……積み荷の【グリフォン】が、逃げちまったらしい。しかも軍用に繁殖されている帝国特産の、気性の荒い獰猛な品種が、なぁ……」



 


 「……で、私達が駆り出されたって訳?」

 「まあ、そう言う事だ。相手が普通の人間だったら俺達だけで済むんだが、残念ながらそっちは専門外なんだよ」


 中央都市から歩いて半日程進んだ森の中を、ジェロキアと共に三人の男女が歩いて行く。彼等は服装もバラバラで、全く統一性は無い。しかし、彼等はグリフォンを確保すべく、ジェロキアによって集められたのだ。


 「キアラ、グリフォンの足跡はどうだ」

 「んー、ちょと待って……あ、まだ慎重に進んでるって感じだけど……」


 ジェロキアが前を進む茶色い毛並みのコボルトの女性に尋ねると、キアラと呼ばれた彼女はしゃがみ込んで地面を指先で触り、立ち上がると匂いを嗅いで考えてから振り向いた。


 「……グリフォンの他に、何か居たみたい。たぶん森の動物だけど、餌として狙われたのかもしれないね」


 キアラはそう言って背負っていた長弓を手に取って確かめ、矢筒から一本抜き出していつでも放てるように備える。


 「……で、どうして俺まで駆り出されなくちゃいかんのだ?」

 「あー、そりゃ決まってるだろ。証拠隠滅って役目は、お前がうってつけなんだから」

 「いやだから仕留めてから持ってくりゃ良いだろ」


 引き摺られるように無理矢理同行させられたししょーのボヤキを、ジェロキアは適当に流しながら、


 「で、カーボンはどう見る?」

 「……ん、そうだな。帝国のグリフォンって言えば、乗用に品種改良された軍馬だろう。本来ははぐれても勝手に動き回らない筈だが、勝手に逃げ出したって訳だから、ほぼ野生種と変わらんと思う」


 もう一人のコボルト、手練れの追跡手(チェイサー)として名高いカーボンはそう言うと、短く切り詰めた髪を掻きながら匂いを嗅ぎ、キアラに向かって促した。


 「と、言う訳だから……魔獣狩りの専門家にお任せするよ」

 「……了解。三人ともあんまり前に出ないどくれよ? 匂いが混ざって、判らなくなるからさ」


 そう言葉を交わすと、先に立って再び歩き始めた。



 暫く進んだ先で、パキ……ボキッ……と、何かが折れる乾いた音が森の中に響いた時。


 四人は濃厚な血の臭いを嗅いで、各々の役割を再確認する。



 先頭のキアラは一番矢を狙い、慎重に迂回しながら相手との距離を詰める。


 二番手のカーボンは後方に指示を出す為、キアラから距離を保ちながら相手の姿を確認し、対策を決める。


 ジェロキアは防御役として真ん中で待機し、万が一に備え抜刀して待つ。


 ……そして、ししょーはグリフォンの調理法を考える。


 と、そこまで順調に役割を担っていた筈のししょーは、不意に自ら出向いて来る必要の低さに気付き、ジェロキアに絡んだ。


 (……だから! 俺がなんで現場まで出て来なきゃならんのか全然判らん!!)

 (しーっ! 黙れ!! お前は活きの良いグリフォンが手に入れば万々歳だろ!?)

 (おまっ!? くっそぉ……最初から食うつもりなら俺は待ってりゃいいじゃねーか!!)

 (……静かにしてくれないか?)


 ししょーはカーボンに一喝され、渋々口を閉ざした。

  

 

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