おかわり①スライム粥
あー、お腹空いたなぁ……。
チリの心の中の呟きが口から漏れ、店内を漂った後、僅かに響きながら消えていった。
ぐでっ、と脱力しテーブルの上に身体を預けたまま首を曲げ、厨房の中を眺める。
ししょーは買い出しに出掛けたまま留守である。勿論、昼飯は作って置いてあったが、食べ盛りなチリはあっと言う間に平らげて、既に空っぽの皿は洗ってある。何回見ても、空のまんま。
ぐいっ、と顔を正面に向けて厨房の脇に有る食料庫に視線を向ける。ししょーは計画的に仕入れをする為、余計な在庫は無い。無いって言ったら殆ど無いのだ。
チリはふらり、と立ち上がり、トボトボと歩いて食料庫に近付くと、扉を開けて中に踏み入り、左右に広がる棚と置かれた氷室箱の中まで確かめてみる。
【押し麦】
そう記された袋を発見し、紐で閉じた口を解いて手を入れてみると、まあまあの量が手に取れた。
氷室箱は、分厚い木箱の内側に銅板を貼り、中に納めた魔力を用いて冷気を放つ結晶で、傷み易い食材を保管する。大抵は濡らした紙で包んだ肉や魚等を入れておくのだが、今日は何も……いや、有った。
【スライム肉のきれはし】
昨夜、調理したスライムの残りを丁寧に包み、紙糸で巻いておいた物である。
チリは戦利品を掴むと急いで厨房の中に戻り、いそいそと竈の前に陣取ると薪をくべ、木屑を巻いた藁を下に挿し込み、火口石を打って火花を散らす。
やがてパチパチと音を立てながら木屑と藁は火の勢いを増して燃え始め、煙を伴いながら薪に火が移り、くらくらと竈に載せた鍋の水が沸き始める。
にゃ~♪ と上手くいった勢いで笑みを溢しながら鍋に押し麦をひと握り分入れ、ふわふわと漂う麦を杓子でかき混ぜてから薪を間引き、火の勢いを弱らせる。
まな板に載せた僅かばかりのスライム肉に包丁を宛がい、トントンとリズムを取りながら叩いて細かく切り刻む。暫く刻む内にスライム肉は粘り気を伴い始め、やがてねっとりとまな板の上に伸びて平たくなる。
それを包丁でくらくらと煮立つ鍋の中へと少しづつ落とし、少ない押し麦の量をかさ増しさせる。そして、調味料の棚から塩と砂糖、ついでに一摘まみ分のコショウと干しキノコを取り出すと砕いて入れて、最後に塩漬けした腸詰めを刻んで入れてから、鍋に蓋を載せた。
暫く待ってから蓋を開けると、白い粥の中でスライム肉は半透明に固まり、膨らんだ干しキノコと粒々の腸詰めの香ばしい薫りがフワリと立ち昇り、チリのお腹がきゅーっ、と鳴る。
待ちかねたとばかりに鍋から杓子で掬い、深めの皿に取り分ける。ここで唐突にあっ、とチリは叫びながら食料庫へと駆けて行き、すっかり忘れていた食材を手に取ると、バタバタと走りながらテーブルまで戻り皿の上で掲げ、もう片方の手に持ったスプーンの脇でガリガリと削って落とし込んだ。
その瞬間、皿の中から独特な匂いが漂うと同時に、粥の上に落ちた粉末状のそれが柔らかく溶け伸びていく。
それは食料庫の片隅で、やや古びて固くなっていたチーズの欠片だった。しかし、熱々の粥に触れた所からじわりと弛み、溶けて広がると共に馥郁たる芳醇な薫りを踊らせたのだ。
「……いただきますっ!!」
威勢良く宣言し、チリは自らの手で作り上げた料理をスプーンに載せ、食欲に抗う事無く口に含もうとし、ギリギリで踏み留まると息を吹き掛けて冷ましてから……
……はしゅっ、と噛み付いた。
その瞬間、はふふと不意に訪れた熱さに負けそうになりながら口腔から息を吐き、やっとの思いで辿り着けた特製粥を咀嚼する。
ぷんっ、と鼻へと抜ける粘り着くようなチーズの匂いに圧倒されながら一噛み、また一噛みと顎を動かす。そうして噛む度に押し麦の歯に抗いながらも潰れてプチプチと弾けていく食感が好ましく、そこに煮込まれて塩辛さが軽減した腸詰めの躍るような芳しい風味が加わる。更にそれらの主張が強い食材達を、柔らかく纏めて結び付ける干しキノコの堅実な味わいが加わった時、チリの涙腺は仄かに弛み、幸せな気持ちでありながらうっすらと涙が滲んでくる。
そうして旨味に浸っていると、舌先に奇妙な違和感を覚え、チリはその正体を探っていたが、
(……これ、スライム肉かな?)
細かく切り刻んでバラバラになっていた筈の柔らかい粒が急に寄り集まり、結構な大きさで固まっていたのだ。例えるならば、ダマになった小麦粉が湯の中で凝固した感じだろうか。
その肉とも野菜とも違う、独特のヤワフワサクそしてニチャとでも言う食感がチリの頭の中に蔓延ると、もうダメである。
今までの味や香りの強弱が微妙なバランスで保たれていた押し麦粥だったのに、つい入れてしまったスライム肉のせいで急に色褪せてしまった。
そうして高揚していた気分が次第に降下線を描いて尻すぼみになったチリは、ただ機械的に口へと流し込むようにして、粥を食べ終えた。
(……スライム肉は、てきとーに混ぜちゃダメなんだなぁ)
結局、それなりの満腹感を得ながら食器を流しで洗いつつ、チリは心に強く刻み込んだ。