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スライム 最終話



 ジェロキアは翌朝、自室のベッドの上で飲み過ぎた自分の不甲斐なさを呪いながら目を覚ました。


 中央都市の騎士団長ともなれば、一軒家とまではいかないが広々とした部屋を借り受ける事も出来る立場である。しかし、彼は妻子持ちの部下にそのまま譲渡し、自分は手狭な二間の部屋で暮らしていた。


 無論、城のお偉いさん方からは面子がどうのと言われているが、知った事ではない。どうせ無駄にしかならん物は必要無いのだ。


 ……じゃあ、一人じゃなかったらどうなんだ?


 ふと、そんな考えが頭を(よぎ)り、何故急にそう思ったのかと昨日の事を振り返ってみると、一番最初に甦ったのはラクエルの顔だった。




 【スライム尽くし】な夜から一転、あれもこれも売り切れになり何も残っていない厨房の真ん中で、ししょーとチリはボウルに入れられたスライムの【核】を間に置き、無言で向き合っていた。


 「ししょー、焼いてみる?」

 「むう、それは芸がないな。どうせなら生で食うか?」

 「えーっ!? 生は良くないと思う!」

 「そうか? そう言われると踏み切れんな……」


 あれだけ大きかったスライムも、今や【核】を中心にチリの両手で掬える位しかない。勿論、残しておいたのはししょーが食べてみる為に、である。


 しかし、【核】を前にしてししょーは、今一歩を踏み出せず躊躇していた。理由は……【毒の有無】だった。


 スライムは、捕らえた獲物を身体で包み込む際、毒針を内蔵した刺胞を用いて動かなくさせる。ししょーが迷っている理由は、その毒が獲物を生きたまま動かなくさせる神経麻痺の非致死性毒なのか、獲物の心臓を止める致死性毒なのか、判らないからなのだ。もし、致死性毒だった場合、食べて無事で済む保証は無い。最悪死んでしまうかもしれない。


 しかし、致死性毒だったとしても、加熱すれば効き目が無くなる種類も有る。生で食べて中毒するリスクを考慮すれば、湯引きして軽く縮むまで火を通す事で、解毒した上に生の食感を残したまま食べられる可能性は増す。但し、あくまで食べても生きていられる可能性だが。


 「まあ、少ない量だったら即死する事もなかろう。それにスライムを食って死んだ魔物の話は聞いた事も無いしなぁ」

 「そーゆー時だけ、へんな自信がスゴいよね、ししょーって」

 「そうか? 経験で言ってるつもりなんだが」

 「毒あるかどーかを自信でいうヒトってたくさん居ないよー?」


 結局、ししょーはスライムを半分に切って薄く削ぎ切りにし、さっと湯引きで試食する事に決めた。何だかんだ言っても前人未到の食材である。不味くなるまで徹底的に加熱するつもりも無いし、かと言って生食で中毒するリスクを負う気も無いのだ。


 そうと決まれば即実行である。まな板の上に載ったスライムの核に改めて包丁を入れる。


 これが死後硬直の有る脊椎動物ならば、弾力感で包丁が進み難かったり、柔らかくなった身が刃先にこびり付いて往生するのだが、相手はスライムである。固まった寒天のように最初こそ刃が滑り難いが、断面から水分を得た後は思った以上に滑らかに動く。


 スッ、スッと左手で押さえた間際を刃が動き、やがて核と呼ばれる内臓付近まで残された身肉が剥ぎ取られていき、とうとう芯が剥き出しになる。


 ここまで来れば、後は芯を取り出すのみ。案外簡単に最後の解体が終わった。ししょーは湯を沸かすようチリに声をかけようと顔を上げようとしたが、手元の核が一瞬震えた気がし、開きかけた口を閉じる。


 ……ぷる、ぷるる。


 いや、見間違いなどではない。確かに死んで動かなくなっていた筈のスライムの核が、再び生を取り戻したかのように動き始めていた。


 不味い、と思って包丁の刃先を核に向かって突き立てようとした刹那、スライムの核が小さく収縮したかと思うと、ぷるんと二つに別れたのだ。


 「あっ!? 増えた!!」

 「マジか……スライムって、こうやって増えるのかよ」


 チリとししょーが見守る中、新たに分裂した小さな核はそのまま元の核から離れると、コロコロとまな板の上を動き回っていたが、直ぐに元の核にくっつくとじっとして動かなくなった。


 結局、元の核から栄養を吸って少しだけ大きくなった新しいスライムをチリが飼うと言い張った為、ししょーが食べる事は出来なかった。


 本来、何でも食べる性質のスライムだから飼うのに手間は要らず、おまけに散歩も排泄物の世話もほとんど必要無い。ついでに餌は店から出る様々な残り物で十分間に合うおかげで、チリの部屋の一角に【すらいむのいえ】と書かれた箱が鎮座するようになった。





 【クエバ・ワカル】亭は様々な料理が、良心的な価格で楽しめる中央都市の名店である。昼間のランチ、そして夜のディナータイムを迎えれば、決して広くない店内は多くの常連客で毎日賑やかである。


 但し、時折店主の変わった趣味も手伝い、他所では滅多に御目に掛かれない食材を使った料理を供する事も有るが、それがいつかは誰も知らないのが難点である。無論、再び同じ食材が出てくる保証は無い。一期一会とは正にこの事である。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] もしかして、飼われているスラさん、時々端っこを提供しているのでしょうか? [一言] スライム尽くし、堪能致しました!
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