御馳走様のその先に。
その店は、中央都市の商店が軒を並べる繁華街から、僅かに外れた区画の隅に在った。
決して高級な店では無いが、粗野な連中が入り込むような柄の悪い雰囲気は無く、昼から夜まで客足の途絶える事の無い繁盛店である。
常連の中には城の近衛騎士達も居て、誰もが安心して食事の出来ると評判になっているせいか、周辺の住人には毎日のように通う者も少なくなかった。
「ししょー! もうずーっと一緒に居るんだから、早くミレアさんと夫婦になっちゃえば?」
「ばっ、バカな事を言わなくていいって!」
給仕の合間に看板娘のチリがししょーをからかうと、彼もむきになって言うものだから、客の中からそうだそうだと囃し立てる声も上がる。
この店、【クエバ・ワカル】亭には、様々な職業で生計を立てる者が集まってくる。市場で商いをする者、その市場で商品や材料を仕入れて商いをする者、又は自らの手で商品を生産し、市場で販売する者も居れば、物の売り買い以外で生計を立てる者も訪れる。
中にはそうした商売以外で生きている者も、時折訪れる事もあるが、彼等は決して騒ぎ立てず、静かに現れて食事や酒を楽しみ、静かに立ち去っていく。そうした流儀を弁えぬ不届き者は、大抵は店に出入りする様々な常連客達に摘まみ出され、二度と顔を出す事は無い。これまでも、そしてこれからも。
……但し、時々周囲にバレないようこっそりと来店し、ししょーの料理を堪能してはひっそりと帰る者も、たまに現れる。
「あ~! 王様久し振り!!」
「ばっ!? いや誰の事かな? チリちゃ~ん、ホントやめてよ~俺はおーさまなんかじゃないからさぁ~!」
ししょーより若い男とチリの掛け合いも、周囲は特に気に留める様子もなく、いつもの風景と化している。彼が誰だろうと他の常連客には関係無いのだ。
そんな店の中で、眼を凝らして良く見てみると、テーブルが並ぶ奥に【予約席】の札が置かれた席もあるが、常連客は未だ、その席に客が座っている姿を見た事は無い。
「……ああ、あそこか。面倒な食材を持ち込んで来る客を座らせて待たせる為の席さ」
不思議に思いチリが尋ねてみると、ししょーは当たり前のように答えるが、今まで一度もそんな客が現れた事は無い。いつの間に置かれたのか知らなかったので、どんな客なのかと聞こうとしたが、
「……あっ! いらっしゃい!! お客さん、御一人ですか?」
「……そうよ、それと頼みたい事があるんだけど……」
一人の女性客がやって来たので、チリが対応すると、ししょーは客の顔を見るなり、
「……あのクソ女! ……本当に来やがった」
小声で毒づきながら、その客が持ち込んだ材料らしき包みをチリが受け取る様を、苦々しい顔で眺めていたが、やがて諦めたように首を振りながら手渡された包みを厨房に持っていった。
暫く経った頃、厨房の方から嗅いだ事の無い匂いが漂って来ると、店に居合わせた客はどんな料理が出てくるのかと思い、期待に満ちた眼差しを厨房の奥へと向けた。
その店は、大陸のど真ん中に在る中央都市で評判の店。
器量良しの猫人種の看板娘と美人の女将、そしてどんな素材だろうと立派な料理に変えられる、腕利きの料理人が居ると言う。
ドラゴンの舌だろうと、ミノタウロスの尻尾だろうと丁寧に調理し、誰にも真似出来ないような逸品に仕上げると評判の店だが、店の主人に調理法を聞けば、親切に教えてくれるだろう。
……なに、調理法なんて独り占めした方が、商売も楽になるだろうって?
もし、そう思うなら、店の主人にそのまま言ってみるといい。きっとこう答えるに違いない。
(……料理の作り方なんて基本が判っていれば、何も難しいもんじゃない。だから俺は聞かれれば教えるよ。)
(……但し、自分の食べられる量をキチンと理解して、出された料理を残さず食べて欲しい。)
(……その代わり、どんな食材だって必ずちゃんとした料理に仕上げてやれる。何故、そう出来るのかって?)
(……そんなもん、【食えば判る】ってもんさ。)




