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⑧契約と後悔



 鹿折は突如現れたスーツ姿の女に向かって、一瞬戸惑いながら直ぐに立ち上がり、叫んだ。


 「……火? いや、それよりどうやって此処まで来たんだ!?」


 女の姿は明らかに戦闘従事者には見えず、余りにも場違いだった。年齢は自分と大して変わらないように見えるが、長い髪のせいか年上にも見える。しかし、戦場よりもオフィス街が似合いそうな服装が物語るように、此処とは違う場所から来た筈。ならば、どうやって現れたのか。


 「で……火ぃ、無いの?」


 しかし、鹿折の問い掛けに女は全く取り合わず、手を突き出して催促するだけ。そして左右に振りながら更に要求された鹿折は、仕方無さげに胸ポケットからライターを取り出して、火を点けてやった。


 女が前屈みになった拍子に長く豊かな髪が頬の脇を掠め、香辛料に似たスパイシーな香りが鼻腔をくすぐるが、状況を思い出して顔に出さぬよう努める。


 やがて、しゅお、と煙草に火が灯ると同時に薄桃色の唇が縮まり、紫煙を吸い込むと弛緩した表情を浮かべながら、ゆっくりと吐き出した。



 「……で、万策尽きたあんたに提案があるんだけど、聞いてみない?」


 女は暫く時間を置いてから、唐突にそう言うと咥え煙草のまま指を二本立て、


 「……このまま、あのロボットに撃ち殺されるか、私にブチ殺されて()()()()に行くか、二択しかないけれど、どう?」


 そう問い掛けてから、弾けるような笑顔で微笑むと、女は煙草の煙を吐き出した。


 「……ハッキリ言わせて貰うが、何の努力も抵抗もせず、黙って殺される位なら最期まで抗うつもりだ。大体、あんた何処から来たんだ?」

 「……へぇ、案外気骨有るのね。藁にも縋るような状況なのに……じゃあ、全部答えてあげるわ」


 女はそう言うなり、カッと口を開いて青白い炎を吐き出した。いや、炎と言うには余りにも大き過ぎるが……それが鹿折の全身を包み込んだ瞬間、酸欠と高温で視覚が一気に消え失せ、同時に意識も遠退いていく。


 (……まあ、最初から殺すつもりだったんだけどね。こうやって他世界のあんたに私が干渉すれば、こっちの世界の輪廻の輪はあんたを弾き出すのよ。だから、向こうに行ったら私の望む料理を沢山作って貰いたいの。いいでしょ? 助ける見返りとして働いて貰うわよ)


 一体何の事を言っているのか、全く判らなかったが、鹿折は自らの意思に反する結末を迎え、その怒りで辛くも意識を取り戻すが……この世界から消えようとしている彼の魂には、もう抗う術は残されていなかった。


 (……そうそう、向こうに行っても料理に困らないような技能(スキル)を与えてあげるわ。【魔王の舌】が有る限り、どんなモノでも口にすれば全てが理解出来るわ……じゃあ、また会いましょう)


 その別れの言葉を聞きながら、鹿折の精神はこの世界から完全に切り離されて消えていった。






 (……酷い話だ、全く。選択肢が両方とも、死ぬしか選べなかったんだからな)


 ししょーの精神が元の厨房に戻った時、ミレアは泣きながら彼の身体にすがり付き、幾度も胸を叩いて起こそうと必死だった。そして、意識が戻るとそのまま泣き崩れ、どうしたのかと嗚咽を漏らしながら尋ねた。


 彼は異なる世界で正体の判らぬ女に殺され、この世界へとやって来た事を包み隠さずミレアに告白した。話した自分ですら荒唐無稽だと思ったものの、ミレアは疑う事無くその話を受け入れた。


 「【魔王の舌】だなんて……もし、それが本当なら、もしかしたら貴方はこの世界を支配している【復讐の女神】の寵愛を授かっていると思うけれど……あっ!?」

 「どうしたんだい?」

 「……あ、あの……その技能(スキル)と言うのが本当でしたら……私と口付けした事で……色々と知られたのでしょう……」


 ミレアはそう言ってから、不意に顔を青醒めると、不安げな眼差しでししょーの反応を窺う。


 「ミレア……君が蛇人種(ラミア)だったとしても、俺は別に気にしない。事の起こりからこの有り様だし、もう大抵の事には慣れちまったさ」


 その言葉を聞いたミレアはパッと明るい表情になり、自分の事を受け入れてくれたししょーに柔らかく身体を押し当てながら抱き付いた。





 「……でも、本当は判ってるんだ……私、ししょーの実の子じゃないから、いつか出て行った方がいいって」


 市場の真ん中を二人で並んで歩きながら、チリとピメントは少しづつ、互いの心の内を話し合っていた。


 「でもさ、ししょーもジャードさんも、優しいからさ……なかなか踏ん切りつかなくて……」

 「いや、別に焦らなくていいと思うよ。チリさんは彼処で働いている訳だし、必要とされているんだからさ」


 ピメントはチリの言葉に答えながら、左右に並ぶ店先に眼を向ける。しかし職業柄か、怪しい店や不審な者が居ないかと注視してしまい、心の内で苦笑してしまう。


 「そうかもしれないけど……あんまり甘えてばかりじゃ……あっ! あれ知ってる!?」

 「ん? 普通の串揚げ屋……だけど」

 「んーん! そうじゃないの! ししょーったら【香り虫】がキライなんだってさ!」

 「えっ!? あんな厳つい顔なのに?」


 そう言い交わしながら笑い合い、他愛の無い話に興じながら店の前を通り過ぎて行った。




 「今日は色々付き合ってくれて、ありがと!」

 「いや、俺の方こそ引き回したみたいで……」


 互いに礼を言いながら【クエバ・ワカル】亭の前に辿り着いた二人は、別れを惜しむように何かを続けて言おうとするが、言葉が見つからないまま黙ってしまう。


 けれど、そんな時間こそ日常に戻る為に必要なモノかもしれない、と、そう思えば決して悪い気分にはならず、二人の表情に(かげ)りは無かった。


 「……じゃ、また……お店で会おう」

 「うん! ピメントさんもお仕事頑張って!」


 名残惜しげに口を開いたピメントに、チリはいつもと変わらぬ快活な声で応じ、手を振りながらスカートの端を翻し、店の扉に向かって歩き出す。


 ピメントはそんなチリの後ろ姿を、日の光が山蔭に隠れていくみたいだな、と思いながら扉の向こうに消えるまで見送り、踵を返して立ち去って行った。



 「ただいま~!! 遅くなってごめん!」


 弾む声で元気良く言いながら、チリは店の中を通り過ぎて厨房に向かおうとしたが、人の気配を察して少しだけ歩を緩めた。


 (……んー、っと……ししょーとジャードさんは厨房に居るのかな。でも、今日は休みだから……あ、もしかしたら昼間から二人とも店に居て、私の帰りを待ってたのかな?)


 チリはそう思いながら、わざと足音を立てながら店内を抜け、ゆっくり歩いて厨房に顔を向けてみる。


 「おっ、おお……遅かったじゃないか、心配してたんだよ」

 「おかえりなさい、チリさん……今夜もまた、お夕飯をご馳走になるつもりなので、宜しくお願いしますね!」


 すると、ししょーとジャード婦人が揃って彼女を出迎えてくれたのだが、何処と無く声が上ずっている気もする。


 チリはほんの少しだけ()()()()()()納得すると、


 「うん! それじゃお風呂のお湯沸かしてくるね!」


 そう言いながら厨房を出ると、着替える為に自分の部屋を目指し、階段を上がっていった。




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