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④面と向き合って



 チチチチチッ、と鳥が外を鳴きながら通り過ぎ、静寂な店内に窓越しに影を映す。そして羽ばたきの音を遠退かせると、室内はしんと静まり返った。



 「……あの、御免ください」


 再びその静寂を破り、ピメントが声を掛けながら【クエバ・ワカル】亭の店内に踏み込んだ瞬間、ドダダダッと勢い良く厨房からチリが駆け出て来て、奥から三者三様の落胆の声が上がった。


 「あっ! ええっ!? ち、チリさん……?」


 ピメントの動揺する声と共にチリが何か言おうと口を開きかけたが、スカートの裾を翻しながら思わぬ速度でジャード婦人が飛び出し、彼が眼を剥くような早業でチリの頭からショールをおっ被せると、


 「ほ、ホホホ……チリさんったら慌てんぼうさんで困るわね、本当に……失礼しますね!」


 まるで何事もなかったかのように取り繕いながら、チリを引き摺るようにピメントの前から連れ去ってしまった。



 「……やれやれ、うちのお転婆ときたら一時も眼を離せやしないな」

 「ま、確かにそうだろうが仕方ないさ。なあ、ピメントも良く見えなかったろ?」


 首を振りながらししょーが呟き、ジェロキアも同意しつつピメントに問い掛ける。


 「……えっ? はい、そうですね……」


 流石に空気を読んでピメントは返答したが、実際ほんの少ししか見えなかったせいで、今までの彼女の印象を覆す程、記憶に残っていなかった。ただ、今まで店の中で付けた事の無い香油の匂いだけはしっかりと脳裏に刻み込まれ、文字通りの残り香のように頭の中から離れなかった。



 昼も半ば過ぎ。通常なら昼の営業が終わる間際になった頃、二人の顔合わせを兼ねた昼食会が始まった。


 チリの両脇にはししょーとジャード婦人。そしてピメントの右隣には上司のジェロキアが並ぶ。


 「……今日はチリの為、お二方に出向いて頂き……」

 「あー、ダンナ。悪いが堅苦しいのは無しにしとこう。俺とこいつはあんたがたに招かれて来ただけで、格式だの家柄だのは関係無いんだ。なあ、ピメント?」

 「……えっ? あ、はい……そうですね」


 ししょーはジェロキアに遮られ、少しだけ口元を曲げかけたが、ジャード婦人は口元を隠しながら笑いを堪えていた。それは何故かと聞かれたならば……



 (……もーーっ!! ずーっと見られっぱなしだよぉ!!)


 恥ずかしさを必死に堪えてモジモジとするチリを、ピメントの視線が捉え続けていたから、である。


 ジャード婦人の手で髪を丁寧に整えられ、前髪を飾り留めで纏められたチリの顔は、薄い口紅と(チーク)で縁取られた頬が浮き立つ程の美しい白さ。それにより曇りの無い象牙のように艶やかな肌が更に強調され、月の女神もかくやと思わせる仕上がりになっていた。


 そして、彼女の可愛らしく控え目な長さの柔毛に包まれた耳には、ピメントから贈られた紅い宝玉が填まる耳飾りが光り、大きく美しい浅葱色(水色の別称)の瞳と相まって、チリの若々しい相貌を引き立たせている。


 当然、そんな彼女の美しさはピメントの眼には余りにも神々しく、視線をずらして直視出来ないにも関わらず、しかし視界の中から外すなど言語道断……つまり、見たくて堪らないのにまともに見詰められないもどかしさ、であった。


 (……俺は、どうしてこんな娘が傍に居て、気付かずにのうのうと生きてこれたんだ?)


 ピメントは、そんな思いに駆られながら、握り締めた拳を腿の上に載せたまま、後悔と自責の念に苛まれていた。いや、そこまで自分を追い込まなくてもいいのだが、それがこの男の美点でもあり、欠点でもあった。



 「……ま、とにかく昼食にしよう」


 二人のそんな様子を横目に軽く咳払いをした後、ししょーはそう宣言し、厨房に消えると用意していた料理を手に持ち、慣れた手付きで銘々の前へと並べていった。


 「ふむ? こりゃ……何だい?」


 白い皿の上に盛られたを前にしたジェロキアは、不思議そうな目付きで一瞥し、ししょーに向かって質問する。


 温かな湯気の昇る白い粒は、白米(ライス)だと直ぐに判る。だが、その上半分を覆うように掛けられた茶色いソースのような物は、見た事のないドロリとした粘液質。薄く削ぎ切りにされた具はオウルベアの肉なのだろうと思われたが、他に入っている具が何か全く判らない。但し、匂いはとても芳ばしく、そして食欲をそそる香気を伴っていた。


 「これはな……そうだな、オウルベア・ストロガノフって感じだな」

 「……ストロガノフ? 聞いた事無いな。煮込み料理か何かか?」

 「ま、そんなもんだね」


 ししょーが皿を並べ終えると、無言のままのチリとピメントは神妙な面持ちで、それ以外の三人はそんな二人の様子に苦笑しつつ、一口目をスプーンで掬いながら口へと運んだ。



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