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②二人の気持ち



 脱衣所に置かれた姿見の鏡の中で、チリの耳に付けられた耳飾りがキラリと光を反射し、ゆらゆらと揺れる。


 右、左、右……と、首を振る度に耳飾りが揺れ、飽きずに何度も繰り返していたチリは、ほぅと溜め息を吐いた。


 正直に言うと、とてもとても気に入っている。出来る事なら、身に付けて表に出て行きたい程。しかし、それでは自分がピメントの好意を受け入れた事を公表するようなものではないか、という思いが募り、踏み躊躇(とまど)ってしまうのだ。



 チリはししょーの元に身を寄せてから、異性に好きだと言われた事は一度も無い。しかしそれは彼女が魅力的でないと言う訳ではなく、ただ単純に出会いが無かっただけである。


 自分では低く見積りがちだが、チリの外観は決して悪くはない。いや、整った顔立ちと細いながら均整の取れた肢体は、他の種族と比較しても抜きん出ている。しかし、孤独な環境で他者と交わらず生活し、ししょーと出会うまで家族と暮らした事の無いチリは、落ち着いて自己評価を下す余裕はなかった。


 「……判んないよ、どうしたらいいか……なんて……」


 チリは耳飾りを名残惜しげに木箱の中に仕舞いながら、ポツリと呟く。


 誰かに【好き】と言われた事が無いので、どう答えたら良いか判らない。そしてまだチリ自身はどちらとも言えず、夜が更けても悩み続けた。





 「……それで、俺達に相談したいって訳か」


 ししょーの言葉にチリは頷き、両手の指先を()ね回しながら自分の気持ちを打ち明ける。


 「……チリ、よく判んない。ピメントさんから、耳飾り貰って……すごく嬉しかった。でも、耳飾り貰ったから嬉しいのか、ピメントさんから贈り物を貰ったのが嬉しいのか、違いが判んないんだもん……」


 「それなら、チリちゃんはピメントさんの事は好きじゃないの?」


 まだ【クエバ・ワカル】亭は開店前だったが、早めに来たジャード婦人の言葉にチリは少しだけ考えてから、


 「……別に、嫌いじゃないよ? でも、まだ好きだとか……そういう気持ちじゃない……気がする」


 と、呟くように答える。二人はチリがまだ彼の事を良く判らないから、ハッキリ言えないんだろうと察しながら、穏やかな言い回しで話す。


 「だったら、一度二人で話してみて、それから考えたらいいんじゃないか」

 「そうよ、ピメントさんの事、チリちゃんは良く判ってないなら、ちゃんと話してみた方が良いわよ?」


 期せずして二人の口から溢れた言葉の意味は、全く同じだった。





 「……それで、俺に相談したって訳か」


 ピメントから相談したい事がある、と言われてジェロキアは、どんな話なのかと思ったが、内容を聞いて暫く時間を置いてから、口を開く。


 何の事はない、只の恋愛相談かと安心したが、ピメントの心配はいつもの彼から比べると、慎重に考えた末に辿り着いた心境なのだと理解した。


 【クエバ・ワカル】亭の看板娘、チリに贈り物をしたが、ハッキリとした答えを得られなかった。なので、これからどうしたら良いか見当が付かない。要はそう言う事である。


 「その贈り物は、キチンとチリちゃんの元に届いているのか?」

 「ええ、自分で手渡したので間違い無いです」


 ピメントはそう答えると、直ぐ神妙な面持ちになりながら、


 「……要らないなら、直ぐに返すと思って店に顔を出しましたが、いつもと変わらない応対で……でも、避けられてる感じじゃないし、お店のご主人もキチンとした人だから、そのままうやむやにするようじゃないと思うんですよ……」


 ピメントの告白を聞きながら、ジェロキアは()()()()()をして、勿体ぶって時間を掛けた後、彼に語り掛けた。




 実は前の日の夜、ししょーの元に呼び出されたジェロキアは既に話を聞いていたのだ。


 「……つまり、相手の事をもっと知りたい、ってチリちゃんは思ってる訳か」

 「ああ、彼女はピメント君を別に嫌っちゃいない。ただ、良く知らないから安易に答えられない、って感じだそうだ」


 ふーん、と返事した後、ジェロキアは気になってししょーに尋ねてみる。


 「それで、お前さんはどう考えてるんだ? チリちゃんが嫁ぐとか言い出したら、お好きにどうぞって送り出すつもりかい?」


 我ながら酷な事を聞くな、と思っていると、ししょーはあっさりと返答した。


 「そりゃ、チリが嫁ぐのは早過ぎると思うが、むきになって反対するつもりもないさ。お互いの心が向き合ってるなら、俺はチリの意思を尊重するよ」

 「まあ、そりゃそうだな。あんたは保護者かもしれんが、所有者って訳じゃないからな」


 そう語りながら、結局近いうちに二人を引き合わせて、キチンと答えを出す場を設ける。そう結論付けて解散したのだ。



 「……そんな訳だから、近いうちにあの店で一席設ける、って事になる」

 「そうですか……何だか、そんな話を聞くと今から緊張してきますよ……」


 ピメントは居ずまいを正しながら背筋を伸ばし、小さく息を吐く。それからジェロキアの顔を真っ直ぐ見据えて口を開いた。


 「……今はまだ、早いとは思いますが……もし自分の事を受け入れて貰えるようになったら、求婚するつもりです」






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