ピメントの決意
城の警備と言う仕事は、単調な作業の繰り返しである。昨日と同じ場所に変化は無いか確認し、見落としが無いか再確認する。鎧を身に付け剣を提げ、物々しい様相で動き回っていても、実質的には害虫を駆逐する農夫達と余り変わりはない。
ロージャー・ピメントの仕事は、城の近衛兵を纏める騎士団長のジェロキアの補佐である。つまり、彼は騎士団の副長として騎士達が効率良く動けるように、同僚のラクエルと共に日々走り回っている。そう、彼は地味で単調な作業の繰り返しである城の警備を円滑に進める為、更に地味な仕事をしているのだ。
彼がその事実を知った時、もう死のうと決意した。
その強敵には、絶対に敵わないからだ。どれだけ抗ったとしても、結果に変化は現れないだろう。
自分が恋焦がれていたラクエルの眼には、団長のジェロキアしか写っていない。そう確信した瞬間、自分に勝ち目は無いと悟ったのである。
失意の中、それでも彼は空腹を感じ、最期の晩餐はせめて思い出に浸りながら取ろうと決めたのだ。
「……それで、うちに来たのかい」
「ええ……でも、気が変わりました。俺はまだ、何も残せてないんですから!」
さっきまでの失意はどこへやら。目の前に並ぶ料理を大いに食べ、そして大いに飲むピメントを眺めながら、彼の切り替わりの早さに心配して損したな、とししょーは思う。
ピメントは団長のジェロキアと良く店に顔を出すが、余り一人では来ない。聞けばジェロキア同様に騎士の宿舎が有る為、わざわざ出向いて食事する必要も金も無いそうだ。
ひとしきり食事が終わり、さて腰を据えて飲むか、と店のメニューに目を落とした彼の前にチリが近寄ると、腰を落としながら、いつもと同じ調子で話し掛けた。
「ピメントさん、何かお代わりする?」
フンフンと鼻を鳴らしながら答えようとしたピメントは、同じ視線の高さになっていたチリの顔を間近に見る。
と、互いの視線が合った瞬間。ピメントの目が大きく開いた。
(……えっ? この子、こんなに可愛かったっけ!?)
今まで気付かなかっただけなのか、自分か相手のどちらかに、何かキッカケでも有ったのかは判らない。だが、今自分の目の前に居るチリの顔を間近に見た彼は、雷に打たれたような衝撃を感じ、思わず背筋を伸ばし、凝固してしまった。
フワフワとした柔らかそうな短めの髪は、店内の灯りに透けて黄金色のよう。そして整った目鼻立ちは強過ぎる主張こそないものの、薄い水色の瞳は、長くしなやかな睫毛に縁取られ表情豊かに鎮座し、彼の目を吸い寄せるように輝いて見えた。
「ねー、ピメントさん! どーしたの?」
不意に声を掛けられて、漸く我に戻ったピメントは、慌てて取り繕おうとしながら、
「あっ!! や、いや……その、同じもので…」
何とか言葉を絞り出すのが、精一杯だった。しかし、そんな彼の返事を手元の伝票に記しながら、チリはやはりいつもの調子で切り返したのだが、
「あー! 判ったー! チリが美人サンだから見惚れてたんでしょー!?」
と、まるで彼の心中を見透かしたように言うのだから、ピメントはひっくり返りそうになってしまった。
しかし、いつもの彼なら、そのまま言葉を濁して有耶無耶にするのだが、今夜は違った。ついさっきまで、死のうかとまで思っていたピメントである。奈落の底まで落ちた彼の思考は、闇から光輝く世界まで戻ったかのように、明るく進む決意を固めたのだ。だからこそ、この機会を逃さなかった。
「……その、通りだよ……見惚れてた」
「そーでしょーねぇー! ……えっ?」
僅かの時が空いてから、ピメントは正直に告白し、対するチリは、彼の言葉と真剣な表情が結び付ける意味を理解するまで若干掛かったが、判ると同時に今度は彼女の方が狼狽える番になった。
「ええっ!? ピメントさん何言ってるの!? チリはまだ……ええっと、その……」
驚きながら言葉を濁し、口ごもるチリである。彼女は自分が、まだ子供なんだと反論したかった。しかし、もう種族的に独り立ちしても問題の無い年齢であり、実際に子供を身籠れる身体にも、なってはいる。
「……ありがと……」
だからチリは、ただそれだけ言うと、逃げるように厨房へ駆け込んだ。
「どうしたの、チリさん……何かあった?」
彼女の変化に気付いたジャード婦人が、厨房の脇の酒瓶置き場から顔を覗かせながら尋ねると、チリはビクッと反応しながら、
「やっ!? あ……別に、何も……」
そう言ってからピメントの席の伝票を突き出し、
「あの! 注文です! お願いしますっ!」
何とかそれだけ伝えてから、お盆を抱え込むように持ち、俯いて考える。
(……今まで、誰からもそんな風に言われた事、無かったのに……)
チリは、初めて女性として扱われた事に戸惑い、そしてピメントの事を客としてではなく、一人の男性として意識した。




