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おかわり⑤マンドラゴラ葉納豆と懐かしい串揚げ



 【クエバ・ワカル】亭の裏には発酵室(はっこうむろ)がある。そう呼ぶのはししょーだけで、チリは【成れ果て庫】と言う物騒な呼び方をしているのだが。


 手短に説明すると、発酵には種類がある。一番判り易いのは、室外等の大気中に放置して菌類やバクテリアを付着させ、発酵を促す方法である。湿気の低い冬季、屋外に鶴や鴨を吊るして肉を熟成させる方法は、古くから用いられてきた。




 チリは匂いに敏感である。


 いや、そう言ってしまうとコボルト並みなのかと誤解されそうだが、人よりは多少鼻が利く程度。だが、誰にでも苦手な匂いはあるもので、その類いが近付いただけで直ぐ反応してしまうのだ。


 それはさておき、発酵という概念は良好な菌類の発育により、害を及ぼす細菌の繁殖が抑えられて、我々が望む長期保存や味の変化が現れる事だ。それは逆に言えば、どれも細菌の繁殖に変わらない。それと同じように、匂いも人に依って好き嫌いがあるように、食べ物も好き嫌いが当然有る。



 「まーた()()出してくるぅ!!」


 チリはししょーが持って来た藁束(わらたば)を見て、早々に鼻を摘まみながらしかめっ面をする。無論、中身が何か知っているからであるが。


 「君に食べろとは言わないよ。ま、嫌いな事は知っているがね」

 「だーかーらー! 知ってて目の前で食べるのは同じなの!!」


 そんな言い合いから始まった朝食の席だが、チリの分のオカズはきちんと揃えてあるのだから、それ以上文句の付けようも無い。


 ししょーは昨晩の残りのご飯でチリのオムライスを作り、自分は納豆である。そう、先程の藁束に煮た豆を入れて、自家製納豆を(かも)したのだ。


 「……で、そっちの緑色は?」

 「これはマンドラゴラの葉さ。例のタレと混ぜて干し魚の削りクズを合わせといて……」

 「判ったから、早く食べちゃってよー!」


 その納豆に、マンドラゴラの葉で作った薬味を加えて、良く混ぜて粘り気と糸を引き立たせる。そうやってから白いご飯に掛けて食べるつもりである。


 「……風上に移動するのかい?」

 「ししょー、話しちゃダメ!!」


 まるで憎い仇のような口振りでチリは答えつつ、いつもの場所から少し離れた出入口付近まで移ると、もくもくとオムライスを掻き込む。


 そんな彼女を眺めながら、ししょーはマンドラゴラ葉入り納豆ご飯を食べる。


 まあ、何を言おうと納豆なので想像通りの味なのだが、マンドラゴラの葉のほのかな苦味と、干し魚のダシの味が加わり、思いの外美味しく感じられる。


 但し、チリにしてみれば諸悪の根元が有る事に変わりはない。早く無くなってくれないかと祈るのみなのだ。


 「……そんなに美味しいの?」


 ししょーの食べっぷりにチリが興味深げに尋ねると、ししょーは黙って頷いた。ちゃんと喋らない彼の姿勢に満足したのか、チリは少しだけ機嫌が良くなったように見える。しかし、進んで分けて貰うつもりは無さそうだが。


 「ねー、食べてて匂いは平気なの?」


 再びチリが尋ねると、うんうんとししょーが頷く。こうした特徴的な匂いの食べ物は、当然だが慣れてしまっている当人が臭いとは思わない。あの鼻に抜ける独特の藁のような臭いは、忘れてしまう訳も無いが何故か気にならなくなるのだから、不思議である。


 こうして二人の朝食は終わったのだが、逆にししょーも苦手な食べ物があるのをチリは知る事になる。




 チリはその日、珍しくししょーに買い物を頼まれて市場へとやって来た。顔馴染みの露店商に挨拶しながら目当ての店に辿り着き、切らしていた香辛料を買い、意気揚々と店に戻ろうとしたのだが、


 「……あっ! これ懐かしい!!」


 チリが思わず叫びながら駆け寄った店先では、様々な食材を香ばしく揚げた後、甘辛いタレを絡めて串揚げにして売られていた。


 チリが育った町の市場には、こうした屋台が立ち並び、朝早くから市場で働く人々が胃袋を満たす風景が当たり前だった。値段も高くなく、彼女も良く買って食べたもので、懐かしい気持ちになり、ついつい品揃えを確認してしまう。


 と、その店の揚げ貯めされた商品の中に、楕円形の硬貨に似たモノを連ねて刺した串揚げがあり、チリは以前好んで食べた串揚げだと気付いた瞬間、買い物で残った釣り銭は、好きに使って構わないと言われていた事を思い出して、


 「おじさん! これちょーだい!!」


 それを指差しながら、景気良く叫んだ。すると店の主人は愛想良く応じながら、串揚げを紙で包んで渡そうとしてから、


 「んー、こいつで最後だからオマケしてやるよ、もう一本持ってきな!」


 そう言いながら包みの中にもうひと串入れて、チリへ手渡した。


 「わぁ! ありがとー!! また来るね!!」


 チリは得した気分で嬉しくなりながら、店主に手を振って屋台を後にした。そして串揚げが冷めないうちにと急いで戻ったチリは、買ってきた香辛料をししょーに手渡してから、


 「ししょー! 昔よく食べた串揚げあったから買ってきた!!」


 そう言って包みの中から自分のと、ししょーに分ける串揚げを取り出して見せたのだが、ししょーは固まったように差し出した手を上げたまま、ピクリとも動かなくなる。


 「……それ、ムシだよな」

 「うん! 香り虫って言って、みんなよーく食べる奴! 美味しいよ?」


 ししょーの言葉に元気よく頷きながら、硬くて口に残る足を取った虫が連なる串揚げを差し出した。


 「……そう、美味しいのかい……」

 「そーだよ! 麦とか食べる虫だから、麦の味もするんだよ?」


 何処かで聞いた覚えのある事を言うチリに、ししょーは曖昧に笑いながら串揚げを受け取る。


 「どーしたの? 美味しいよ?」


 既に二匹程食べてるチリが、なかなか齧り付かないししょーに催促すると、意を決したししょーが()()()()()()()と呟きながら怖々と口を開け、先に刺さった虫の揚げ物を噛み締めた。


 カリッ、と良く揚げられた外殻が砕ける歯応えの後、油の染み込んだ中身がトロリと溢れてくる。想像したら負けだ、想像したら負けだ……と繰り返しながら咀嚼し、心を無にして何とか香り虫を飲み込んだ。


 「どう? 美味しいでしょー!!」


 無邪気に笑うチリだったが、ししょーは彼女の言葉に反応せず、ただ虚空の一点を眺めたまま、微動だにしなかった。



 ……まあ、ししょーが悶絶したのは、ただの気分的な理由でしかない。大抵の食べ物は平気な彼にも、一つ位は苦手なモノがあるのだ。


  



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