④マンドラゴラの味見
カーボンが気付いた時、既にししょーはチリを肩に乗せたまま離れた場所に生えた木の裏側に回り、彼の様子を窺うように顔を覗かせていた。
「あー、冗談だよ! ただ、やたら五月蝿くて暫く耳が聞こえなくなるから、不便になるだけだって」
「……本当に?」
「ああ、但し一体が叫び始めると、周りも釣られて叫ぶから、それが原因で気絶する者も居るってだけだよ」
そう言われても、簡単に安心出来る訳でも無い。ししょーはそう思いながら恐る恐る近付いて行く。
「ねー、ししょー。チリは考えたんだ……」
不意にチリが話し掛け、ししょーは小さく頷いて話すように促すと、頭に顎を預けながら囁いた。
「私が居たら、ししょーは好きなヒトが出来ても、一緒に居られないんじゃないかって……」
「……でも、ししょーと居たいし、邪魔にもなりたくないし……って、考えたら……」
「……一人になった方が、いいのかな……って」
ボツポツと話すチリに、ししょーはただ、一言だけ伝えた。
「……君は俺の、この国に来て最初の家族だ。だから、居なくならないでくれ……」
その言葉を聞いたチリは、判った、とだけ言って彼の頭を後ろから抱き締めた。
「ねー、ししょー……マンドラゴラって食べられるの?」
すっかりししょーの肩の上が定位置になったチリが、それまでと違う軽さで何気無く尋ねると、少しだけ考えてからししょーが答える。
「……まあ、食えなさそうには思えんな」
「美味しい?」
「……判らん。俺はまだ食べた事がないよ」
彼の答えにチリはフムムと呟きながら、
「じゃー、ししょー食べてみよーよ!」
と、明るく提案するので、ししょーとカーボンは顔を見合せて笑ってしまう。
「よし、それじゃ採るとしよう。但し、程々の量しか確保出来ないから、そのつもりでね」
そう告げると、カーボンは足音を忍ばせながら、ゆっくりとマンドラゴラに近付いて行った。
カーボンのマンドラゴラ絶叫対策は、案外簡単な方法だった。
「……まず、こうして出来るだけ、群生してる外周付近の奴を見定めて……」
そう言いながら、カーボンは目星を付けたマンドラゴラに近付くと、指先を口に見える窪みに宛がいながら、腰に提げていたナイフを抜き取ると、
「……こうやって、切るだけさ」
そして、サクッと地上に露出した部分を刈り取ってしまった。
「……ししょー、何だか呆気ないね!」
「うーん、そうだが……逆に簡単に採れたら乱獲されないかなぁ」
チリとししょーが言い交わす中、カーボンはするりと器用に埋まっていた地下茎部分を抜き取りながら、両方を麻袋に仕舞う。そして、心配するししょーに話し掛けた。
「ま、その心配はご無用って所だよ。先ず、マンドラゴラは群生地が在るのはここのように山奥で、トレントみたいな森を守る連中がウロウロしてる場所にしか生えないんだ。オマケに採り方を間違えると……魔物を呼び寄せる雄叫びを上げるからね」
そう言って頭上の梢を指差すと、枝葉の切れ目から上空を旋回する魔物らしき姿が垣間見え、ししょーとチリは思わず顔を見合せた。
「……こんなもんだな。これ以上は止めておこう」
カーボンは最後のマンドラゴラを刈り取ると、ししょーとチリに向かってそう言いながら立ち上がった。彼の手にはマンドラゴラの地上部分と地下茎が納められた麻袋が提げられているが、中身のお陰で膨らんで見える。
「さあ、町に戻ろうか」
カーボンの言葉と共に三人が帰路に向かうと、それまで静かだったマンドラゴラの群生地に一陣の風が通り抜け、所々が欠けた地面に生えた地上部の葉がさわさわと揺れ、それはまるで失われた仲間との別れを惜しんでいるように見えた。
「それじゃ、少しだけ味見してみるか」
厨房の調理台の上に、ししょーの手で薄皮を剥かれたマンドラゴラの地下茎が皿の上に並べられ、それを包丁を使い更に細かく拍子切りにされていく。
見た目は濃い橙色で切り立ての断面からうっすらと水気が浮き出している。カーボン曰く付近の養分や水分をたっぷりと吸い上げて育つらしく、見ているだけで食欲を掻き立てられる。
最初は何も付けず、そのまま食べてみる。銘々は皿の上のマンドラゴラをフォークに取ると、少し口の中に入れて噛み締めてみた。
サクッ、とやや繊維質な食感を伴いながら反芻すると、意外と甘味も感じられ、奇怪な姿形から想像も出来ない不思議な旨さが確かにある。
「……こりゃあ、なかなか……悪くないな」
「うん、チリけっこう好きかも!」
思わず言葉にしてしまう二人の様子に、カーボンは嬉しそうに頷くと、自分の分を口に運んだ。
「……昔、森の中でヒトを探していた時、これを見つけて食べた事があるが、その時は皮だけ剥いて齧ったから、やたら土臭くて難儀したよ」
カーボンはそう言うと立ち上がり、
「残りはジャード婦人にも食べさせてみるといいよ。あの人は甘い物が好きそうだから、何か手を加えて調理してみるのも良いだろうね」
そのまま立ち去ろうとする彼を、ししょーは代金を支払うと言って引き留めようとしたが、
「なに、気にしなくていいよ。また何かあったら声を掛けて構わないからね……但し、チリちゃんを探すのは暫く無い方が君達も良いだろうけどね」
そう言い残して、裏口から店の外へと出ていった。
「ねーねー、ししょー! このマンドラゴラ、どんな料理にするぅ?」
すっかりいつもの調子を取り戻したチリが、三人分の皿を洗いながらししょーに質問する。チリは確かにマンドラゴラ自体の味は気に入っていたが、ではどんな料理が一番かと聞かれたら、正直言うと全く判らなかった。
しかし、ししょーは一切の逡巡も見せず皮剥きを終えると、地上部に付いていた枝を切り取りながらチリに、
「まあ、二つ位は思い付いたんだが、問題は何と合わせたら旨く食べられるかなんだがね」
言いながら笊に載せたマンドラゴラを差し出した。




