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③味付けの妙技



 「……ん、んふぅ……っ?」


 もぐもぐと小刻みにサラダを噛み締めていたラクエルだったが、一瞬だけジェロキアの方を見てから再び口を動かし、やおら目を見開いて傍らに置かれたグラスに唇を付ける。


 そして、グラスに注がれていた酒が胃の中に落ちていくと共に心が落ち着いたのか、小さく咳払いしてから(ようや)く口を開いた。


 「……これ、ほんとにスライムなんですか!?」


 予想を遥かに凌ぐ反応を示したラクエルだったが、ジェロキアはまだ食べていない。同意も反論も出来ないのはいかんと思い、半透明のスライム肉をフォークで突き刺し、青野菜と共に口へと運んだ。


 予測通りの弾力に富んだ歯応えと共に……じわっ、と染み出したのは、見た目からは想像出来ない程の爽やかな酸味。肉厚な植物の髄に似た透き通った外観とは違い、果物ともまた異なる青々としたその刺激に、ジェロキアも彼女と同じように目を見開いたのだ。


 「……なっ、何だよこれ!? ……いや、でも……やっぱり肉みたいだなぁ」

 「そうなんですっ!! 私もそう思ったんですよ!!」


 二人は互いの顔と小皿のスライムを見合せながら、自分が感じたイメージを素直に表現し意気投合したが、


 「……あっ!? そ、その申し訳御座いません!」

 「ラ、ラクエルもそう思ったんだな……まあ、良かった良かった……」


 不意に冷静になり、二人は互いに(うつむ)いて赤面していると、タイミングを計ったようにチリが割り込んできた。


 「はーい! 次は何にするぅ~?」

 「あっ! えっと……だ、団長が決めてください!」

 「……お、おう……じゃあ、次は【がむがむなくんせい】にしようか」

 「がむがむ……ですか?」


 妙な名前に眉を曲げるラクエルだったが、チリは意に介さず手に持った伝票にサラリと注文を書き入れ、


 「はーいっ! ししょー!! くんせいいっちょーっ!」


 元気良く告げると提供台の上をぱちんと叩いた。その音を合図に厨房の中をししょーが機敏に動き、けれども静かに皿を置く。


 「ほい、燻製」

 「はーい!! よっと……お、待たせしましたっ!!」


 受け取ったチリはスタスタとテーブルの間を歩き、尻尾の先をふわふわと揺らしつつ二人の元へ辿り着き、お盆に載せた燻製の皿を差し出す。


 ……名前の通り、どこから見ても立派な燻製だが、これが本当に元はスライムなのか?


 じっと、二人の視線が皿の上の折り重なる茶色い短冊片を捉える。しかし、どこからどう見ても普通の燻製にしか見えないのだ。ご丁寧に細かく砕いた香辛料の粒が振られているせいで、更に()()()()()見えるのだから(たち)が悪い。


 けれど、いつまで眺めていても仕方がない。二人はそう思うと同じタイミングで手を伸ばし、軽くお互いの指先をぶつけ、引っ込めてから端の方を掴む。


 さっきの爽やかな風味と酸味に気圧されて、なかなか口に入れたがらない二人だが、結局折れたのはジェロキアだった。


 「まあ、酒の肴が不味い訳もないし……っ、」


 誰に言うでもなく呟いてから、そのままヒョイと口の中に放り込む。手頃な一口サイズのお陰か大きく顎を動かす事は無かったが、それでも暫し口を動かした後、


 「……うん、くそぅ……凄く旨い……ぞ」


 と、何故か残念そうに呟くものだから、ラクエルは思わず吹き出しそうになる。


 「団長ったらぁ!! やめてくださいよ……美味しくて良いじゃないですか!?」

 「……そうなんだが、何だか騙された気になっちまって……」


 そう悔しそうに言いながら、二杯目を飲み干したジェロキアをラクエルは楽しそうに眺めてから、チリに向かってお代わりをお願いした。


 「で、君も早く食わんか」

 「……ですよね……まあ、美味しいのは悪くないんですが」


 ジェロキアの言葉に頷いてからラクエルは口を開け、半分に千切ったスライムの燻製を噛んだ。


 「……んん、ん……あ、これは確かに悔しいかも……」

 「だろー? さっきのとは全然違うから、損した気分になるんだよなぁ」


 最初は(いぶか)しげな表情のラクエルだったが、直ぐにジェロキアと同じく嬉し残念とでもいった表情へ変化し、形の良い切れ長の目を柔らかく細めた。






 様々な料理に姿を変えて提供されたスライム肉だったが、チリが最初に味見した一口目は、若干の塩気のみで味気無いものだった。


 「ねぇー、ししょー! これ、本当にお店で出すのぉ?」

 「ああ、勿論な。但し、このまま使わないから心配要らんさ」


 ししょーはそう言いながら切り分けられたスライム肉に塩を振り、アクが出るまで揉み込んでから水洗いする。そしてある物はそのまま鍋に、そしてある物は暫しザルに揚げて水気を切ってから、調味料の入った器の中へと入れていく。


 「……あ、ししょー! 私判る! それで下味付けるんでしょー?」


 手にした柑橘(かんきつ)類を輪切りにし、器の中に搾り込むししょーに向かってチリが叫ぶと、味見してみるかと言いながら彼女に小さな欠片を手渡した。


 「……ん、んむぅ!? 酸っぱいぃ!!」

 「あー、すまん。チリは酸っぱいの苦手だったな」


 渋い顔のチリに向かって詫びながら、ししょーは酸味を和らげる為に少し砂糖を振り、味を確かめてからサラダに使う野菜を刻み始めた。


 「ううぅ~、酸っぱかった……でもさ、スライムって色んな味付け出来るんだねぇ」

 「まあ、そうだな……でも、そのままじゃ味が染みないんだ。一旦塩揉みしてアクを抜いてからじゃないと、最初に食べたような味しかないから不思議なんだがな」

 「ふうぅ~ん、そっか。見た目は透明(とーめー)でやっこいのに、手を入れないと味が変わらないのかぁ」


 そう話すチリの頭を撫でてから、ししょーが応じる。


 「ま、そんなとこだ。でも工夫すれば色々と使えるし、味が強いばかりで幅が狭いより、余程使いやすい」


 そこまで言ってから、店の方で欠伸しながら椅子に掛けて厨房の様子を眺めるジェロキアの方を指差してから、


 「……アイツみたいに、鈍感で融通が効かん奴こそ、騎士団みたいなお堅い所には必要だろ?」

 「そっか! だんちょーさんはスライムみたいなヒトなんだね!」

 「……声、デカイって……」


 二人のやり取りを聞いてはいなかったが、ジェロキアは何か察したのか一瞬だけ厨房の方を見たが、やがてまどろみの中に落ちていった。


 こうしてスライムの肉は様々な料理へ姿を変え、夜になって人々の口へと運ばれていったのだ。



 

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