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②追跡者の正体



 脳裡にしつこくこびりついて離れない、あの足音……そう気付いた瞬間、チリは背負った荷物の重さも忘れて走り出そうと足裏に力を籠める。



 犬人種(コボルト)達は猫人種(ケット・シー)より個体数は少ないが、同様に群体(コミュニティ)を形成して個々の劣る点を補い合いながら、人間社会に溶け込んで暮らしている。だが、人の間で生きる彼等に最も求められているモノこそ、【追跡手(チェイサー)】として対象を長期間追い続け、確保する能力である。


 多くの種族は視覚や聴覚に頼り、相手の容姿や声で様々な情報を得てコミュニケーションに役立てている。しかし犬人種(コボルト)達は超常的な嗅覚で目に見えない多くの情報を得て、コミュニケーションに生かしているのだ。


 興奮状態で過剰な汗腺分泌が行われれば、物言わぬ淑女が澄ましていても、彼女が怒り狂っている事すら察知出来る程である。時々、優秀な執事が犬人種だったりする事も有るが、然るべしと言えるかもしれない。



 ……それはともかく、チリは短い間に考え抜く。もし、自分が再び五年前のような連中に追われているとしたら……【クエバ・ワカル】亭には戻れない。彼処(あそこ)には、ししょーやジャードさんが居る。彼等を巻き添えにして迷惑を掛けるのは、もう嫌だ。


 では、何処に逃げる? また、当て所なく彷徨(さまよ)って後ろ暗い道を歩くのか。


 (……そんなのは、イヤだ……)


 優しいししょーや、親しくなったジャードさん。それに何かと面倒を見てくれるジェロキアさんに、お姉さんみたいなラクエルさん……あと、えーっと……他は……()()()()()()()さんだったっけ? 帝国の人の長い名前は覚え難いな。つまり、そーゆー人達とは、離ればなれになったらいけないんだ、きっと。



 危うく脱線しそうになりながら、チリは覚悟を決めた。向こうが追って来るなら、正々堂々と抵抗してやるんだ。真っ昼間の大通りで、大立ち回りしてやれば……誰か助けてくれるかも、しれないし……たぶん。


 少しだけ尻すぼみになりながら、チリは背負っていたリュックを地面に降ろすと、キッと歯を食い縛ってから背後に振り向いた。


 「……えっ? ししょー!?」


 チリが後ろを見た瞬間、彼女の目の前にはししょーが立っていて、思わず面食らってしまった。


 「お前なぁ……そんな格好で何処に行くつもりだったんだ?」


 てっきり追跡手のコボルトが居るつもりで構えていたチリは、ししょーの顔を見た瞬間、困り果てて黙り込み、そのまま俯いてしまった。


 「……何か、嫌な事があったか?」

 「……ううん」

 「じゃあ、俺か誰かに腹が立ったのか?」

 「……ううん、違う……」

 「……じゃあ、どうして家出なんて……」

 「…………」


 人が行き交う往来の真ん中で、ししょーはチリに尋ねるが、上手く心の内を言葉に出来ないまま、時間だけが過ぎていく。


 煮え切らないチリに困惑したししょーが口を開きかけたその時、二人の様子を見守っていた人物が声を掛けた。


 「取り敢えず、店に戻って落ち着いてから話せばいいんじゃないか?」


 言葉の主に気付いたチリが顔を上げると、ししょーより背の高い犬人種の男性が立っていた。


 「……? ししょー、このヒト、誰?」

 「あー、グリフォンの一件で世話になったカーボンさんだよ。ほら、もう一人の魔獣狩りの女のヒトと一緒だったろ」


 ししょーに言われて(ようや)くチリは、確かこのヒトも【追跡手(チェイサー)】だったな、と思い出した。


 「こんにちは、チリちゃん。あれ以来顔は合わせてなかったけど、元気そうだね」

 「あ、はい……えっ? もしかして……!?」


 チリがししょーの顔とカーボンの顔を交互に見ながら言葉に詰まると、カーボンが彼女の疑問を察して返答する。


 「たまたま城の詰所に用事があって、顔を出したら彼が大急ぎで駆け込んできてね……」


 そう言いながらししょーの顔を見る彼だったが、本人は口を噤んで素知らぬ振りをするので、カーボンは口の端を曲げながら可笑しそうに呟いた。


 「……俺の顔を見るなり、【大切な家族が居なくなった!】と言いながらメモを振り回してね。あの慌てようは尋常じゃなかったよ……」





 「……大切な家族が居なくなったんだ!!」


 ジェロキアと話をしていたカーボンは、ししょーが慌てながら詰所に飛び込んで来た時、二人は何事かと思ったが、


 「まあ、落ち着けって……で、誰が居なくなった?」

 「……チリが、居なくなって……これだけ残して……」


 ジェロキアに向かって握り締めていたメモを差し出そうとするが、横に居たカーボンがそれを押し戻すと、落ち着いて話してみなさい、と促した。


 そして、ししょーの口からチリが居なくなった成り行きを聞き終えたカーボンは、


 「大丈夫さ、彼女の匂いは覚えている。それと……これは俺の経験談からだが……」


 そう前置きすると、ポンとししょーの肩を叩いてから告げた。


 「……勢い余って出て行く時は、だいたい暗くなるまで市中をウロウロ歩きながら、早く見つけろと催促するもんさ」






 「……そんなに心配だったの?」


 下からししょーの顔を窺いつつ、チリが聞いてくる。するとししょーは仕方ないなぁ、と呟いてから、


 「ああ、そうだ……俺は、お前の事が心配だったよ。……だから、帰ろう」


 その言葉を聞いたチリは、何も言わずにししょーのお腹目掛けて抱き付いた。







 

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