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①二人との出会い



 チリは気を失っていたが、その時間は僅かだった。相手は気絶した事に気付かず再度殴打を与え、その衝撃で彼女は目を覚ましたのだ。


 (……っつつ……いたいなぁ……)


 辛くも意識を取り戻したものの、チリが身につけていた衣服はズタズタに裂け、身体の表面で柔らかな和毛(にこげ)の生えていない箇所は、顔以外あちこちに擦過傷(さっかしょう)を負っていた。


 全身がズキズキと痛む中、侵入者の一人が無遠慮にチリの未発達な胸の膨らみを触ろうとして、裂けた衣服の隙間に手を差し込もうとする。


 (……バカだなぁ。あいてがねてるふりしてるとも、しらないで……)


 痛みで切れ切れになりそうな意識を繋ぎ止めながら、他人事のように相手の動きを確認する。そしてチリはまだ手放していなかった小刀を真下から振るい、相手の手首を内側から切り裂いた。


 「……がっ!? くそぉ……いきなり斬りやがった!」


 喚く相手の隙を突いて股の間を潜り抜け、チリは一気に走り出す。そのまま部屋を出ると、窓から廃屋の外に飛び降りた。


 とんっ、と足から落ちながら素早く前回りで着地の衝撃を和らげると、直ぐ立ち上がって廃屋から路地に出た。


 背後から男達の声が迫るが、チリは構わず走り続ける。しかし身体中の至る所が火で炙られたように痛みが走り、そのせいで視界がゆらゆらと歪む。


 でも捕まれば、更に酷い目に遭う……そう自分に言い聞かせながら、路地から路地へと縫うように駆け、突き当たりの塀を乗り越えて雨どいを掴みながら壁を登り、屋根から屋根へと飛び移りながらジグザクに逃げ続けた。



 ……そして、荒い呼吸と共に膝を折り、もう一歩も動けなくなったチリが地面に倒れたその場所は、店を辞めて空き店舗になっていたジャード婦人の店の裏口だった。




 その日、ジャード婦人は奇妙な客と会っていた。元常連だった城の騎士団長、ジェロキアから【何でもするから雇って欲しい】と懇願され、店は既に人手に渡して処分する予定だからと何度も断ろうとしたのだが、せめて会ってやって欲しいと頭を下げられた末、渋々ながら面談した相手が【シシオ】と言う名前の男だった。


 シシオは、今日この日に面談したい、そう言って日取りを決めたのだが、相手が指定した時間は夜遅く。流石に怪しむジャード婦人だったが、紹介元が信用出来る相手だったので、他人を同席せず会う事にした。


 時刻通りに姿を現したシシオは、丁寧な物腰で遅い時間に会う事を詫びながら、しかし理由は言わなかった。


 「……自分でも判らないんですが、この時間に会わないといけないんです」


 彼は奇妙な事を言いながら勧められた椅子に座ろうとしたのだが、その時、不意に裏口から何か物音が響き、二人は顔を見合わせた。


 「ちょっと見てきます。少し離れて付いて来てください」


 シシオはジャード婦人にそう告げながら立ち上がると、裏口の扉に近付いて手を伸ばした。


 ぎっ、と軽く軋みながら扉が開くと、誰も立ってはいない。気のせいかとシシオが振り向こうとした瞬間、足元から呻き声が聞こえたのだ。


 「……た、すけ……て……」


 か細い声で助けを呼ぶ声の主は、着ていた衣服がズタズタに裂け、至る所から血を流して横たわる猫人種の少女だった。


 二人は直ぐ彼女を店の中に運び込むと、少しでも手当てしなければと思い、まず清潔な布と水を使って身体を拭き浄めた。そして血に汚れた着衣を脱がせると、傷を消毒する為に度数の高い酒で布を湿らせると、痛みを和らげる為に水で薄めた酒を少し飲ませてから治療を開始した。


 「ぐうっ!? あがあぁっ!!」

 「……いい子だから、じっとして……ね?」


 痛みに身体を仰け反らせるチリを、ジャード婦人は覆い被さるように抱き締めながら、落ち着かせる為に話し続ける。


 「……私達は、あなたを助けたいの……お名前は?」

 「……なまえ? ……ないよ……」

 「そうなの? 困ったわね……じゃあ、チリペッパーのチリはどう?」

 「……えっ? チ、リ……?」

 「……そうよ? なかなか良い名前だと思うわよ?」


 ジャード婦人はその場で思い付いた名前を彼女に告げると、安心させる為に微笑みかける。


 「……チリはね、とっても小さくても、しっかり辛いのよ? だから、チリちゃんは強い子になるわ……ね?」

 「チリ? ……うん、わかった……」


 そう話しながら、消毒した箇所に包帯替わりの布を巻き付けて、ジャード婦人はチリの頭を撫でてから自分が羽織っていた上着を着せると、


 「……今夜は誰もあなたに会わせないから、安心してお休みなさい……判った?」


 そう囁いてから、シシオに二階の空き部屋までチリを運ぶよう頼み、


 「部屋にベッドがあると思います。とりあえずそこに運んだら戻って来てください」


 そう説明して、散らばっていたチリの破れた衣服を纏めながら、それまで此処を片付けておきますからと締め括った。




 チリが覚えているのは、だいたいその辺りからの事だ。思い起こせば傷が癒えるまで、ジャードさんがお粥を食べさせてくれたし、誰も教えてくれなかったので字が読み書き出来ないと知るや、真っ先に教えてくれたのも彼女だった。


 (……帰りたいよぅ……ッ!?)


 (せめ)ぎ合う逃げたい気持ちと帰りたい気持ちが、ほんの少し傾きかけた時、チリの鋭敏な聴力は聞き覚えの有る足音を捉えた。


 足の爪先の肉球に荷重を掛けた、特有の忍び足……犬人種(コボルト)追跡手(チェイサー)が好む隠形(おんぎょう)の足運び。忘れたくとも忘れられない音だった。





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