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⑧えんもたけなわ



 ヒュドラの薄切り肉の前菜が皿の上から無くなった頃、客の一人のバターカップは新たに運ばれて来た一品を見て、


 (……こういうのを作るココの主人は、一体何処で料理を覚えたんだろう)


 と、思わず考えてしまった。


 彼女は強襲戦艦専属の調理担当である。つまり、揺れる空中戦艦に乗り込んで料理を作るのだが、そのせいか調理の過程を簡略にしてしまう事が多い。


 無論、手抜きしている訳ではないが、作り易いメニューの頻度がどうしても多くなり、結果的に品目が少なくなっていく。そうした連鎖を経て、最近は仕事に対して以前より情熱を傾けられなくなっていた。


 そんなバターカップの心中を察したかのように、エルメンタリアから久しく行っていなかった慰労会に誘われて、この店にやって来た。最初は気乗りせず断るつもりだったが、たまには他人が作った料理を味わうのもどうだと言われて妙に気に障り、半ば喧嘩腰に近い形で参加してしまったのだ。


 (それにしても……ヒュドラなんてヘビの化け物でしょ? せいぜい濃い目の味付けで焼くしか料理のしようがないだろに……)


 バターカップなりに料理法を考えてみたものの、明るい希望は(いだ)けない。諦めの気持ちと共に席に着き、当たり障りの無い酒を選び、適当に酔うつもりで幾度かグラスを空けていた。


 しかし、今彼女の前に運ばれて来た料理は黄緑色の葉に覆われ、ほこほこと湯気を上げて視覚を強く刺激してくるので、バターカップは少しだけ食べてみるか、とつい思ってしまう。


 「うおっ! こりゃ旨そうだな……元がヒュドラとは思えねぇ……」


 エルメンタリアの呟きを皮切りに、ししょーは手にしたフォークとナイフを用いて、個々の取り皿に載せる為、次々と切り分けていく。中には挽肉と野菜を混ぜて詰めてあるようで、黄金色の肉汁がじわりと流れ出て皿の上へと広がっていく。


 見た目はロールキャベツ、といった所だが、相手はヒュドラである。獰猛な魔物がここまで家庭的な料理へと姿を変えて供されるとは、誰も思わないだろう。


 (でも、味が悪けりゃ……ねぇ?)


 若干のやっかみを含めつつ、度胸試しの気分でフォークを使って切り取り、口へと運んでみる。



 (……へぁ? 何これ……ッ!!)



 バターカップの思考は、一瞬で味覚に侵略された。味が全ての感覚を遮断し、それ以外の情報を跳ね返してしまう。それ程の圧倒的な味覚の洗礼を今まで感じた事は皆無だった為、彼女は舌と口内に満ちる幸福感に酔いしれた。


 ……一番最初に浮かんだのは、牛や馬といった畜肉そっくりの豊醇な旨味。そして次に現れたのは肉の脂身を丁寧に濾して雑味を取り除いた、上質な味わいだった。


 (……えっ? ヒュドラって牛の味するのぉ!?)


 バターカップは信じられない思いに駆り立てられてもう一度皿から取り、口へと運ぶ。


 やはり、どう言われようと畜肉特有の旨味である。俄に信じられないまま、無我夢中で皿の中身を綺麗に食べ終わり、ふぅと溜め息を漏らす。


 ……完敗である。ゲテモノ扱いでしか見る事の無いヒュドラの肉が、何をどうしたらそうなるのか、バターカップには判らなかったが……結局、彼女は出された料理をを空っぽにしてしまったのだから。


 無論、そんな料理を食して黙って引き下がる訳は無く、バターカップは直ぐにテーブル近くまで来ていたししょーを掴まえると、どうすればこんな味になるのか、と尋ねたのだが、ししょーは彼女の疑問を簡単に打ち消した。


 「……あー、これですか? 普通に牛の筋と骨から採ったスープで煮込んだだけですよ」

 「それだけで、こーなるの!?」

 「まあ、たぶんですが……あのヒュドラ、牛や馬を随分と食ったらしいですし、餌次第で若干、肉の味は変わるもんですよ」


 そう答えられたバターカップは、魔獣なりの味の違いが料理に影響する事を知り、改めて料理の奥深さを理解する。


 「でも、牛や馬を餌に与えるのは無理だよね、普通ならさ」

 「そりゃそうですよ、ヒュドラに牛や馬を食わせる位なら、そのまま潰して肉にした方が安上がりだし、手間も要らんでしょうね」


 バターカップの言葉を肯定しながら、ししょーは彼女の前から空いた皿を取り、次もすぐ持ってきますよと言いながら厨房へと戻っていった。





 「……そうだったんですか!? あー、それなら昨日のうちに戻れりゃ良かったのに……」


 【クエバ・ワカル】亭を貸し切りにした翌日、宴に参加出来なかったバマツが漸く出先から戻り、詳細を聞いた彼は思わず愚痴を溢した。


 「まあ、そう言うなって……でもよ、お前さんだけ引っ張って行かれたけど、要件ってなんだったんだ?」


 上司に当たるアジが、空中戦艦の艦橋で机の上に足を載せたまま尋ねると、バマツは髪の毛を搔きながら渋い表情を浮かべた。


 「……いや、タイミングが悪かったと言うか……中央都市を【仮想敵国】として想定する為に、色々と探らされてきたんですよ」


 そう言うと、彼は机の端に肘を突いて頬を支えながら呟いた。


 「……まだ、可能性は低いし準備も進められてはいませんが、帝国はいずれ停戦を破棄するかもしれませんね……」

 「……中央都市か……軍備も少ないし、空中戦艦も保有しとらんのに」


 バマツと言葉を交わしながら、アジは到底対等とは思えない帝国と中央都市が、もし交戦状態になった場合を想像しながら、奇妙な違和感を覚えた。それは無意識から表層意識に浮かび上がると口から漏れ、言葉になる。


 「なあバマツ……中央都市の何が、そんなに帝国を警戒させるんだ?」


 その問いにバマツは、自らの上司だからと気兼ねせず、機密事項を答えてしまう。




 「……中央都市には【剣聖】と【狂王】が居るからじゃ、ないですかね……あっ」


 それを聞いたアジは、何も言わずニヤリと笑った。





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