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⑦仕込みの合間に




 貸し切りが決まった日の昼過ぎ。ししょーが黙々と調理に励む中、チリは時折手伝いながら彼の手腕に見入っていた。


 薄くスライスしたヒュドラの身を湯掻き、冷たい氷水で冷やす。赤かった肉が薄い桃色になり、元の姿からは想像出来ない冷菜の具へと変わっていく。


 それを葉物野菜の上に盛り付け、水で湿らせた紙を載せ、乾かないようにして氷室箱の棚に納めていく。そうした細やかな仕事の一つ一つが料理を形作り、店に訪れるお客を喜ばせるのだから、彼女から見れば魔導使いのようである。


 「……ねー、ししょー。どーしてししょーは魔導が使えないの?」


 他愛もない質問だが、ししょーがチリの顔を見ると表情にふざけた様子は無く、彼女は真面目に知りたいから聞いたのだと窺い知れる。


 「うーん、一応、女の人だけが魔導を使えて、男はどんな種族でも使えないから……なんだが」


 そう前置きしてから、ししょーは少し考えてみる。


 今、調理しているヒュドラは魔導が使えるらしい。但し、腹を開けてみたから判るが、合成獣のヒュドラは雌雄同体だったらしく、腹の中に卵を作る臓器が有った上に、雄の特徴も有ったように思えた。彼は魔物の専門家ではないが、人工的に造られたヒュドラは一匹でも仔を産める身体なのだろう。


 ふと、その事実から合成獣と言う存在は、何らかの意図で敵地に放出し、その場所を混乱に(おとしい)れる為に造られたのではないか、と、思えてならなかった。


 魔力の根源が仔を産み出す臓器に蓄えられるとして、その魔力を身体中に循環させるのが心臓だとしたら……男が魔導を使えないのも理解できる。


 ……では、それが何かの狙いがあって仕組まれていたのなら……そんな事が出来るのは俗に言う【神】なのだとして、何故、そうしたのか。


 ししょーは氷室箱を眺める。一見すると何の変哲も無い木箱でしかない。内側に銅板が貼られ、冷気を効率的に箱全体へ行き渡るように作られている。魔導で冷気を生み出す宝玉が上に組み込まれていて、常に氷温に近い温度を保っている。宝玉を作り出したのは魔導師だろうが、氷室箱を作ったのは魔導具を作る職人で、男女は関係無い。


 「……ま、俺は別に不便だとも思わんし、この先使えるようになりたいとも思わんだろうな」

 「……そっかぁ……ねえ、ししょー。私さ、ホントは魔導使えるの、知ってた?」


 唐突にチリが告げ、ししょーが少しだけ驚く。今まで共に暮らしていて、彼女が使う姿を一度も見た事がなかったからだ。


 「……ちょっと待ってね……よいしょ、っと」


 そう言ってチリはテーブルの下に姿を隠し、暫く時間が過ぎた後、


 「……ししょー、もーいいよ?」


 そう言われて何がいいのか判らぬまま、テーブルの下のチリが何をしているのか、確かめようとしゃがんでみると……


 「……ん? おい、チリ……何処に居るんだ?」


 彼女の姿は忽然と消え失せていた。テーブルの周囲に隠れられる場所は無く、無論隙を突いて出てきた様子も無かった。


 「……チリ……何処だ?」


 「……ここだよ!」


 つい呟いたししょーの目の前に、突如チリが姿を現した。その唐突な出現にししょーは思わず身を逸らしかけ、直ぐに本物なのかと手を伸ばして確かめてみる。


 フニフニとした手触りの柔らかい耳に、いつもと変わらぬ毛足の整った、栗毛と茶毛の混ざった短い髪。ぷにっと膨らんだ頬の手触りはチリそのもの……


 「ししょー! チリは本物だよ!?」

 「……あ、ああ……済まん。疑った訳じゃないが……つい、な」


 つい長めに触っていたせいか、チリは頬を赤らめながら抗議するが、直ぐに真顔になり、


 「もう……ししょーは直ぐチリをモシャモシャするから……でも、いいけど……その……」


 何か言おうと口を開きかけたその時、店の扉がノックされ、チリは表情を変えると口を閉じ、


 「……卸しのヒトかな!? 見てくる!!」


 直ぐにそう言いながら厨房を抜け、走って行った。


 (……何が言いたかったんだろう)


 離れていくチリの背中を見ながら、ししょーは考える。


 ししょーが初めてチリと出会ったのは、この食堂を始める直前だった。路地裏で倒れていた彼女を、文字通り拾ったのだが……もし、チリが居なかったら【クエバ・ワカル】亭は始めていなかった。



 (……何となく、チリに言った一言がキッカケで店を始めて……気付けばこうなってたんだが)


 そう思うししょーは、チリが今まで言わなかった秘密の能力と、初めて出会った時、ドロドロに汚れた布切れを巻き付けただけの姿を結び付け、何となく察する。きっと、自分と同じように……言えない過去が有るのだろう。





 (本当の……家族だったら、打ち明けてくれるのだろうか)


 ふとそう思ってみたが、一瞬だけだった。直ぐにチリが酒瓶を詰めた木箱をよろけながら運んで来たので、手伝う為に駆け寄った。





 

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