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⑥ヒュドラの宴

 


  エルメンタリアの要望で、今夜の【クエバ・ワカル】亭は貸し切りである。ししょーからすれば特に客足が多い時期で無い為、売り上げ的には困らない。それに食材のヒュドラを持ち込んだのはエルメンタリアであり、彼女が申し出た時点で断る理由も見当たらなかった。


 ……とは言え、まだ集合しているのはエルメンタリアとエルブのセルリィのみ。十人にも満たないと言われていたが、ししょーは曖昧な人数に料理が足りるか、只それだけが気掛かりだった。




 「もうじき他の連中もやって来るからよ、先に飲んでても構わねぇよな?」

 「別にいいけれど、せめてアジが来るまで待てない?」


 ドン、と椅子に腰を降ろし、エルメンタリアが厨房を眺めながら傍らのセルリィに尋ねると、彼女は諭しながら席に着いた。


 「あー、チリちゃんだっけ? 酒って前飲んだウォトカ以外は何があんのさ」

 「お勧めのお酒? ジャードさーん!!」


 エルメンタリアが手招きしながら尋ねると、チリは店に着いたばかりのジャード婦人に声を掛ける。彼女はショールを外して衣紋掛けにフワリと掛けてから、未開封の酒瓶を木箱から棚に移しつつ、エルメンタリアに提案する。


 「……そうですねぇ、お勧めは野牛草(バイソン・ビル)入りの強めのお酒かしら。氷室箱の中の塩水で冷やしてあるからトロッとして美味しいわよ?」

 「そうかい……じゃあ、それにしとくか!」


 エルメンタリアがそう言うと、ジャード婦人は会釈してから厨房に入り、ししょーの脇を抜けて氷室箱から瓶を取り出し、封を切った。



 「はい、お待たせです!」


 チリが運んで来た小さめのグラスは、注がれた液体の冷気で白く霜が生じている。当然、セルリィは咎める目付きでエルメンタリアを見るが、


 「へへぇ……こりゃ悪くないね」


 気にする様子は全く無く、小振りなグラスを掲げ、そのまま口を付けようとした瞬間、


 「……おらぁ!! ホーリィ、てめぇ!! 先に()ろうとしてんじゃねぇっ!!」


 勢い良く叫びながら動く岩山のような筋肉の大男が店内に踏み込んで来たので、チリは驚いて身体を縮ませながら硬直してしまった。それもそうだろう、遥かに背丈の高い鬼のような男が、自分越しでエルメンタリアを怒鳴り付けたのだから。


 「……おいおい、アジ……いきなり大声で怒鳴るなって。店のお嬢ちゃんが怖がってるじゃねぇか」


 だが、当のエルメンタリアは涼しい顔で相手を咎めると、そのまま酒を呷り出したのである。


 「……ああぁ!? ……おっ、こりゃ悪かったな。別にアンタに向かって怒鳴った訳じゃねぇから、許してくれねぇか?」


 そして大男の方も先程までの勢いは鳴りを潜め、一歩引いてからしゃがみ込み、チリに向かって頭を下げたのだ。


 「……うぅん、平気だよ? でも、お客さんって【鬼人種(オーグ)】? チリ、初めて会ったからビックリしちゃった!」 


 チリはそう言いながら手を伸ばし、男の額から突き出たコブのような短い角に軽く振れてみる。するとアジと呼ばれた鬼人種の男も穏やかな口調になり、


 「ほお、そうかい……驚かせて悪かったな。こう見えても俺はホーリィの上司なんだが、あいつが柄にも無く奢るとか言いやがるから、半信半疑だったんでな。ついキツい言い方になっちまった」


 そう言い終えるなりセルリィの横の椅子に座り、


 「他の連中もすぐ来るが、ホーリィが先に飲んじまってんなら俺も飲むかぁ!!」


 と言いながらチリに笑いかけた。






 【 きょうのおすすめ! ヒュドラ 】


 【 いろいろだけど ぜんぶ ヒュドラ! 】



 チリの手で書かれた字がいつもの黒板に踊る頃。ワカル亭の店内にエルメンタリアと様々な人種が集まり、酒を酌み交わしていた。


 「……蛇ねぇ……あんまり食べた事ないけど、美味しいのかしら?」


 森人種(エルブ)のセルリィが皿に盛られた黒っぽい色の怪しげな料理を眺めつつ、用心深げにフォークの先で持ち上げてみる。


 薄い肉は焼き魚に似た焦げ目が付き、ドロリとした粘度の高いソースが掛けられている。十分火が通っているのは判るが、それでも未知の料理を前に中々食指が伸びない。


 「食ってみろって! 旨いぞこれ!!」


 すっかり酔いの回ったエルメンタリアが煽る中、渋々ながらセルリィはフォークに載せた僅かな量を、慎重に口へと運んだ。


 「……あら? ……やだ! ……これ、……うん!」


 一口噛み、二口噛んでみた瞬間、彼女の口から次々と納得の声が漏れ、最後の言葉と共に笑みが零れる。


 見た目の禍々しさからは程遠い香ばしさ。そう、丁寧に焼き目を付けられた身はパリッとした歯応え。そして甘辛い味付けのソースは焦げ目の苦味を中和すると同時に、身に欠けた旨味を加えて全体のバランスを整えている。


 無論、ただ焼かれただけではない。幾度も身を蒸して余分な脂を落とし、ソースに浸けてから焼きを繰り返し、表面を糖質の硬質化(カラメリゼ)に近い状態にしてあるのか、独特の噛み応えを引き出していた。


 「それにしても、蛇だと言われたらそう思うけど、違う料理だと思ったら判らないわね……」

 「姐御! 素直に旨いって言いなって!」

 「はいはい……美味しいわよ?」


 エルメンタリアの言葉に渋々認めるセルリィだったが、宴はまだ始まったばかりである。




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