表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/54

⑤貸し切りの夜



 その日の夕刻。辺りの店に灯りが点される頃、【クエバ・ワカル】亭の入り口にはこんな札が出されていた。



 【本日はかしきりです。またのご利用をおまちしてます】



 常連客の一般的な嗜好の人々は、他に回るかと店の前から立ち去り、やや一般的な嗜好から掛け離れた人々は、どんな魔物が供されるのか気になりながら、後ろ髪を引かれる思いで店の前から離れていった。




 ししょーは昼からヒュドラの仕込みを続け、解体された部位を様々な料理へと変化させていく。無論、チリが手伝う事も有ったが、基本的な調理はししょーが一人で作っていく。


 「……それにしても、旦那にしちゃあ珍しいじゃないか、貸し切りにするなんてよ。どういう風の吹き回しだい?」


 手際良く作業するししょーの傍らで、椅子に腰掛けながらジェロキアが尋ねると、作業の手を休めながらししょーが答える。


 「どうしたも何もないよ。儲けが出れば、貸し切りにするさ。俺は慈善家じゃないし、チリと暮らせて店が維持できるだけの稼ぎになれば、誰が支払おうと構いはしないさ」

 「まあ、そうだろうな……それにしても、ヒュドラを一人で狩っちまうとはな。エルメンタリアって本当は【魔人】なんじゃないかね……」


 ジェロキアは呆れたように呟きながら、湯気を上げながらふつふつと沸く鍋に視線を送りつつ、


 「……帝国の強襲部隊って言えば、鬼人種(オーグ)やら狼人種(ワーウルブ)みたいな血に飢えた連中がわんさか居て、捕虜も取らず無抵抗の敵でも見境無く殺す……無慈悲な殺人狂の集団だって噂は聞いてたが、案外違うみたいだな」


 そう呟いてから、ポンと上に放った豆を器用に口で受け止める。


 「……まあ、俺も大して変わりはしないか……」


 ジェロキアはそう続けて、ししょーの反応を見る。すると、ししょーは忙しなく動かしていた手を停め、ジェロキアの顔を眺めながら口を開いた。


 「……俺は、ジェロキア……あんたが何処で何をしてきたかは知らん。だが、必要に応じて剣を取り、結果的に人を(あや)めたとして、それをとやかく言うつもりは無いさ」

 「……気休めは止してくれ。所詮、剣を使って一人でも斬れば、理由があろうと無かろうと、結局は同じ事さ……」


 自嘲気味に答えるジェロキアだったが、ししょーは手に持った包丁の刃を、取り出した砥石の上に当てて、水を垂らしてからゆっくりと研ぎ、軽く指先で触れて感触を確かめてから、再び研ぎ始める。


 「……人間は、生きていく為には必ず、何かを(あや)めていかんと飢えて死ぬもんだ。草木にだって魂は宿るし、食う為に他の生き物の命を奪う事なんて……避けて通れんよ」


 しゅっ、しゅっ、と軽やかなリズムを維持しながら、ししょーは包丁を研ぎ続ける。


 「……ジェロキア。あんたは俺が、何処で何をしてきたのか聞かず、この国に入る事を認めてくれた数少ない味方……身内みたいなもんだ。だが、やはり言えない事だってある……」


 そう言いながら刃先に付いた砥石のカスを拭き取り、まな板に乗せて力を籠め、微動だにしない研ぎ上がりに満足そうに頷いてから、再び口を開いた。


 「……たぶんだが、過去の俺はあんたより沢山……人を殺してきた。無論、チリは知らんし教えるつもりもない。名を捨てて【ししょー】として生きていく事にしたのも、元はと言えばチリが俺の前に現れ……」


 と、そこまで話していたししょーが口を(つぐ)むと、チリがトットと軽やかな足取りで厨房に現れて、


 「ししょー! ホーリィさん達が来たよ!」


 と、今夜の主賓が来店した事を告げた。


 「判った、取り敢えず店の中に案内しといてくれ」


 ししょーはチリにそうお願いすると、包丁を収納庫へと仕舞った。


 「……なあ、昔から料理が得意だったのか?」


 ジェロキアがそんな彼に何気無く尋ねてみると、少しだけ頬を緩めながら、ししょーが楽しそうに答え、それを聞いたジェロキアは少しだけ驚いた。




 「……いや、料理を本格的に取り組んだのは、()()()に来てからだ。それまでは店で買うか、食べに行く程度で包丁も持った事は無かったなぁ」




 

そうそう、折角ついた【いいね】ボタン、押してみませんか? 押したらきっと……いいことありますよ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  此方側に来てから、かぁ。読者も薄々とは感じていたことですね。前は何して暮らしていたんだろうなぁ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ