④蛇のようで蛇で無い
ししょーはヒュドラと向き合いながら、手始めに内臓を取り除く事に決めた。まだ腐敗する事を心配するまでも無いが、現場で血抜きしていない魔物には、必須且つ速やかに行うべき処理である。
いつもと同じようにテーブルを二つ並べ、その上に解体台代わりのドアを渡して載せられたヒュドラは、だらんと脚をはみ出して横たわっている。
(……うーむ、確か生きている内は刃物を弾いたって話だが……死んでも効果は続いてるのか?)
手の腹でグイグイと体表を押しながら感触を確かめると、とどめの一撃らしき傷口の周辺は内側が壊死しているのか、筋肉に弾力は無い。その周辺は使えそうにないが、他はまだ大丈夫そうだ。
そう思いながら、先ず一刀。細かい鱗の生えた表皮を剥ぐ為に、鋭い刃先の小刀で尾の付け根の肛門付近をぐるりと円形にくり貫くと、慎重に腸を引っ張って摘まみながら縛り、汚物が漏れぬように処置する。
そこから腹側の内面に向けて、緩やかな片刃の長包丁を突き刺しながら逆さに入れ、天井に刃先を向けながらツーッ、と皮を裂いていく。やがて薄膜に覆われた筋肉が露出すると、皮の内側に刃先を沿わせ、緩やかな円形に刃先を動かして、ぞり、ぞりとリズミカルに皮を剥ぐ。
そうして作業を進め、薄桃色の肉と皮が別れ、そのまま脚の付け根まで粗方の皮を剥ぎ終えると、節目に合わせながら刃先を回し、関節の軟骨を切断し両足を落とす。
「チリ、悪いが足は向こうの流しに入れといてくれ。後で違うやり方で皮を取り除くから」
「はーい。だんちょーさん! 手伝って!」
「……手伝うのかよ? ……はいはい、判ったって……」
ジェロキアに向かってチリがお願いすると、嫌々ながらヒュドラの脚を担ぎ上げ、厨房の中へと運んでいった。
その間も解体は進み、処理はせず捨てる予定の内臓は盥に入れて運び出される。エルメンタリアが心臓を指差して「食わんのか?」と尋ねると、暫く考えてからししょーは盥の中から心臓だけ取り出し、その場で手早く切り開いて違う容器に移し、汲んでおいた井戸水の中に山盛りの塩と共に沈めた。
「……肺は血が巡ってるからダメ、肝臓も胆嚢が割れて胆汁まみれだからダメ……と」
一応検分するししょーだったが、見慣れぬ紫色の臓器を見て、指先で触って暫く考えてから、
「……ふーむ、頭は沢山生えるのに、毒を溜める袋は共有なんだな。って事は、元は大きな頭を持った一匹で、複数の頭は後から生やされたって感じなのかな……?」
ししょーはそう言いながら毒の袋を持ち上げてみる。たぷたぷとした張りのある毒嚢は、しっかりとした弾力を保ち、内側に秘めた恐ろしい毒素を溜め込んだ部位であるが、何を思ったのか、ししょーは袋の端を指先に当てて、舌の上に毒を乗せたのだ。
「ししょー!! 死んじゃうよっ!?」
チリが血相変えて叫んだが、ししょーは心配無いと駆け寄った彼女の頭を撫でてから、
「大丈夫、心配要らないよ……思った通り、ヒュドラの毒は口から入っても危険は少ない類いか。城勤めの薬師に渡せば役に立つかもしれないから、氷室箱に仕舞っておこう」
そう言って安心させる。チリは彼の言葉に少しだけ拗ねながら、ししょーは何でも口に入れるから怖い! と頬を膨らませた。
「なぁ、旦那よ。ちょいと聞いても良いか?」
と、ここまで口を閉ざしていたエルメンタリアが手を上げて質問する。
「答えられる範囲なら……なんだい?」
「ああ、実はヒュドラの代金込みで店を貸し切りにしたら……どの位なのかと思ってな」
「……貸し切りに、ねぇ……酒代込み?」
「誰が素面で毒蛇を食うか。当然だろ」
ふむ、と顎に手を宛ててししょーは考えてから、
「うーん、肉は牛程度は取れそうだし、皮も皮革屋に納めればある程度の価値はありそうだから……」
そこまで呟いた後、厳かに宣言した。
「……残りの肉はこちらで預かるなら、一切の追加料金無しで貸し切りに出来るさ。但し、客の中に入れられる鉱人種は、一人が限度だぞ?」




