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③持ち込みは程々に



 チリはその時、昼の中休みで秘密の昼寝場所に居た。ゴロゴロと板張りの寝場所に横たわり、身体が安定する場所を確保すると……うーんと伸びをしてから眼を瞑った。


 (……んーっ! やっぱりココが一番だなぁ……♪)


 そこは店の屋根の上。ししょーに「年頃の娘が登るような所じゃない」と見つかれば叱られる場所だった。そうは言われても、こんな陽当たりの良い日に昼寝するにはうってつけなのだが……



 (……あにゃ……曇ってきたのかなぁ……?)


 チリが異変に気付いたのは、(まぶた)越しに降り注いでいた陽射しが遮られたから。まさか誰かが登ってくる訳もないし、今日は朝から雨雲の匂いは嗅いでいない。曇りになるにしては余りにも急過ぎる。


 「……よっ!! 久しぶりだな!!」


 と、唐突に聞き覚えのある声が掛けられて、昼寝の邪魔をされたチリは、嫌々ながら眼を開けて起きようとしたのだが……


 「……ふにぃやあああああぁ~ッ!?」


 鎖の先の鉤爪で吊るされた、巨大なヒュドラの死骸(しかも蛇の首が生えている方)が彼女の顔前にブラブラと揺れていたのだから、驚いて当然。危うく屋根の上から落ちそうになりながら叫ぶ声に、ししょーも何事かと厨房から外に飛び出してきたのだが……巨大な空中戦艦の後部ハッチが開き、エルメンタリアが顔を見せた瞬間、ヒュドラと彼女を交互に眺めた彼は表情を曇らせ、眉を寄せつつ首を振って難儀そうに呟くしかなかった。


 「……飛び込みで魔物持ってきたのは、アンタが初めてだよ……」





 昼の中休みで閉めていた店内に、ししょーとチリ、そしてエルメンタリアと森人種(エルブ)の女性、そして毎度お馴染みのジェロキアがテーブルを間に挟み、向かい合って座っていた。


 ……当然だが、突如現れた空中戦艦に中央都市は右往左往し、すわ侵略戦争かと逃げる準備をする者や見物する場所取りを始める者、果てはどさくさに紛れて防具や盾を並べて商売を始める、商魂逞しい猛者まで現れたのだが……その空中戦艦の艦橋から城に向かって、発光信号で敵意の無い突発的な降下だと報せが発せられ、已む無くジェロキアが偵察と監視の為に派遣されて来た。


 「……つまり、あれは只の戦利的鹵獲物で、帝国の意図とは全く関係無いって訳ですか……」


 ジェロキアが溜め息と共に指差す先には、ゴロンと横たわるヒュドラの巨体が転がっている。


 「ああ、勿論だとも。私が拾ってきただけで、帝国とは全く関係無いから心配するなって!」


 まるで釣ってきた魚を自慢するようにエルメンタリアがそう言うと、傍らに座っていた森人種(エルブ)の女性が少しだけ申し訳無さそうに、


 「……私達が、突然現れれば誰でも驚かれる上に、ヒュドラをぶら下げて来たのですから……本当にお騒がせ致しました」


 柔らかな言葉で継ぎながら、丁寧に詫びて頭を下げる。その優雅な物腰と美しさにジェロキアは一瞬眼を奪われたが、心の内では、


 (……でもきっと、俺の何倍も年上なんだろうな……エルブは見た目だけじゃ判らんのだから)


 そう思い、表情を引き締めてから、


 「……ええ、セルリィさん。その辺りの事情は把握しました。特に問題は無いと思います。ただ、まぁ……」


 彼女に向かって説明すると、改めてししょーの顔色を窺う。


 「あー、判った判った……ヒュドラはちゃんと絶命してる。それに腐敗や危険な呪いの類いもなさそうだ。どうして判るかって? こう見えてうちの店には呪物専用の鑑定具が有るし、端を切って自分で毒見済みだ」


 ししょーはそう言うと、ヒュドラの体表に張り付けた札を指差す。札に描かれた紋様は淡く青い色を放ち、ゆっくりと明減しながら安全性を保証するように光っている。どうやらそれが彼の言う鑑定具らしく、チリを除く皆は一様に頷くと再び互いの顔を見る。


 「で、旦那……買い取るなら幾ら位だ?」


 不意にエルメンタリアが俗物じみた事を言い、ジェロキアはギョッとするが、


 「うーん……仕留めた段階で血抜きしてなかったから、使える部位は限られてる……尻尾と胴体はそれなりに使えると思うが、蛇の魔物は基本的に旨い種類が多いからな。半分使って……そうだな、金貨三枚(三万円程度)かな」

 「なぁーっ!? あんだけ周辺を荒らし回った魔物の買値が、たったの金貨三枚かよ!!」


 ししょーとエルメンタリアは更に世知辛い会話を続け、ジェロキアは呆れ返った。


 「おい、旦那よ……ヒュドラって高いのか安いのか?」

 「……珍しいと言えば珍しいが、一皮剥けば只のヘビみたいなもんだよ。ドラゴンもヘビもバジリスクも、味は大して変わらん」


 思わず問い質すジェロキアに、ししょーはあっさりと答える。そして椅子から立ち上がり一同を見回してからエプロンを身に付け、チリに目配せすると呟いた。


 「……まあ、腹まで開けてみなけりゃ、詳しくは判らんけどな」




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