②倒せれば同じ事
振り掛かる火の粉を払うように、次々と迫り来るヒュドラの首を斬り落としたエルメンタリアは、長い黒髪を軽く掻き上げてからヒュドラを見る。
大地から逆さまに突き出した樹木の根に酷似していた蛇の首は、あらかた刈り取られ、残る首も弱々しく靡くのみ。有毒の牙を剥く姿は見受けられず、脅威は去ったかに見えたのだが……
……ぶっ、ぶくっ……
彼女が見守る中、最初の異変が現れたのはヒュドラの体躯に数多有る、斬られた首の根元だった。その切り口から赤黒い血の泡に似た何かがぶつぶつと膨らみ、のたうつように細く伸び上っていく。
と、見る間に切り落とされた筈の、赤黒い鱗に覆われた蛇の首が次々に再生し、エルメンタリアに向かって威嚇しながら顎を開いたのだ。
「ちっ! どーなってんだ……こいつ、不死身か?」
舌打ちしながら再び鞘から剣を抜き出し、顔の前で交差させながら狙いを定める為に、目を細める。
(……斬っても死なない訳じゃねぇか……切り落とされた首は、下に転がってるからな)
彼女の見立て通り、先刻の連撃で落ちた首はヒュドラの足元に散乱したまま、ピクリとも動かない。しかし、再び斬ってもまた再生するならば……不毛な消耗戦に陥るかもしれない。
エルメンタリアの剣は、人の命を啜る吸精の魔剣。相手が魔物の場合、その特性は著しく減少する。彼女が用いる魔導由来の身体強化は確かに強力だが、その根源を司る魔力は決して無限ではない。
(……手数で上回ってもまた、再生されちまったらジリ貧になるか……だったら……ッ!!)
一瞬の逡巡を経て、エルメンタリアは覚悟を固める。つい先程の身体強化は【瞬足】の効果を発現させたが、次は違う。
「 お お お お ぉ っ ! ! 」
益荒男の雄叫びじみたエルメンタリアの声と共に、魔力の高まりと共に魔導効果が発現と同時に可視化され、彼女の体表が赤い光に包まれる。
無論、ヒュドラも即座に動く。再び幾多もの鎌首を振りながらエルメンタリア目掛けて突進するが、まだ【瞬足】の余韻が消え切っていない彼女から見れば、稚速に過ぎない。
その気になれば先を制しヒュドラに斬り掛かるのも容易いが、エルメンタリアはまだ動かない。引き伸ばされた時間の中で、ゆっくりと緩慢に動くヒュドラを見詰めながら、彼女は動かない。特に動き出す為に必要な脚と下半身に力を籠めて……その機会を窺う。
先に動いたのはヒュドラ、だが先を制したのはエルメンタリアだった。
激しい砂埃が舞う程の脚力を発揮し、間合いを一気に詰める。無論、ヒュドラは獲物が自ら飛び込んで来るのだから、その機会を逃す訳もなく、彼女を包み込む勢いで蛇の頭が殺到したのだが……
「オオオラァッ!!」
その容姿から遥かにかけ離れた怒声と共に、体軸を揺らさず真正面に立ったまま、全身の荷重を乗せて前蹴りを繰り出す。
深く大地に根差した岩を蹴ったような衝撃が地面を揺らし、エルメンタリアの身体が軽く宙に舞う。しかし、蹴られた方のヒュドラは身体の中心を針金のように折り曲げながら、彼女より更に高く、そして後方へと吹き飛ばされた。
バキバキと森の木々をへし折りながらヒュドラは転がり、そのまま樹木の根元に叩き付けられる。
流石に効き目が有ったのか、剣を受け付けなかった体表に穿ったような凹みが生じ、蛇の頭の幾つかは口から舌を出したまま、ぐったりと垂れ下がり動きを停めたが、
「斬っても斬れないなら……刺せばいいんだよぉ!!」
叫びと共にエルメンタリアが跳躍し、両手の魔剣、【フシダラ】と【フツツカ】を逆手に持ち、全体重を乗せながらヒュドラ目掛けて落下し、凹んだ腹部に突き立てた。
ぞぶっ、という手応えと共に、鱗に覆われた表皮を今度こそ貫いた二刀が柄元まで突き刺さり、ヒュドラがのたうつように身を捩りエルメンタリアを振りほどくが、
「……直接、身体ん中に剣が入りゃあ……こっちのモンなんだよっ!!」
ぎゅるっ、と握り締めたまま魔剣の本性を解放し、ヒュドラの全身を巡る魔力と生命力を一気に吸い上げた。
【……姐御、片付いたぜ……】
エルメンタリアから連絡を受けた強襲戦艦が彼女の元に辿り着いた時、大人三人分は有りそうな胴回りのヒュドラは既に息絶えていた。
流石にこのまま放置しておく訳にもいかず、運ぶ為に後部ハッチから鉤爪付きの鎖が降ろされると、ヒュドラの上に腰掛けていたエルメンタリアはニヤリと笑いながら、
「コイツを解体せる奴に心当たりがあるからよ! そこまで運ぼうじゃないか!」
そう言うと剣を鞘に納めて鎖を器用に手繰りながら上へと登り、詳細を報告する為に艦橋を目指して駆けて行った。




