⑦内緒ですよ
「……ジェロキア、いや騎士団長の事を、どう思っとる?」
歴史を感じさせる調度品が慎重に配置され、過剰な成金嗜好と趣の異なる部屋の真ん中で、ラクエルは伯父のリハレスが投げ掛けてきた問いに困惑していた。
「……伯父様……何故、急にそんな事を……」
言葉に詰まるラクエルに、リグレットは困り者の姪っ子だなと呟いてから、
「先に言っておくがな、儂があの店に立ち寄ったのは只の偶然じゃ。たまたま遅くまで剣の指南をしとったし、真っ直ぐ戻ってもつまらんからな」
そう言って顎に手をやり、赤くなったり青くなったり忙しない顔色の姪を見やりつつ、諭すように語り始める。
「……のぅ、ラクエル。儂は跡継ぎの居ないリグレット家の為に、妹のファズマ(ラクエルの母親)が年の離れた婿を取る事になった時……不甲斐ない自分のせいでファズマの将来をリグレット家に縛り付けてしもうたと、心の中で詫びた……」
ラクエルの祖母がファズマを身籠った時、年の離れた兄のリハレスは自らの子種に難が有ったのか、跡継ぎに恵まれる可能性は乏しかった。結果的にリグレット家の家督はファズマが継ぐ事になり、十九歳でラクエルの父を婿養子としてリグレット家に迎え……二十歳の時にラクエルが生まれたのだ。
しかし、幼い頃から剣の才能を見出だされていたファズマは、国内随一の剣の腕を持つリハレスに鍛えられ、十八歳で彼の技術をほぼ全て伝授されていた。
「……だが、儂の中で燻る剣の鬼が嗤ったのも、事実だ。儂が人生を掛けて培ってきた剣技を伝授出来る器の持ち主が、我が元を離れずに済んだのだからな」
「それは……でも、母はリグレット家に無くてはならない存在でしたし、他に選ぶ道も無かったのは事実で……」
「……そうなるように仕向けたのだ、儂がな」
「……仕向けた……?」
思いもよらない伯父の告白に、ラクエルは息を飲んだ。
「簡単な事だ……儂は、ファズマに条件を出した。お前に勝てる相手を見つけて来れば、家督の件は養子を取るように両親を説得する、と約束したのだ」
その案を聞いたファズマは、若き日々を費やして国の内外を回り、自らに勝てる相手を探し歩いた。だが、約束の期日になってもそんな相手には巡り会えなかった。
「……そうして、ファズマは婿を……」
「……伯父様、それは勘違いです」
「そうか、勘違いか……いや、何だと?」
リハレスの独白に重ねるようにラクエルが否定すると、言葉を飲み込みかけて思わず問い返してしまう。
「母は……ファズマはその旅を、婿探しを兼ねた武者修行だと言っていました」
「武者……修行、そんな風に言っておったと?」
「はい、それはもう楽しそうに!!」
ラクエルが幼い頃、母のファズマは彼女を膝の上に乗せながら庭のベンチに腰掛けて、その旅の話を良く聞かせてくれた。
【……まだ若い私が乗り合い馬車に乗っていると、良く声を掛けてくる男性が居たわ。でも、野盗が馬車を襲って来た時に、軽く追い払ったら次の町まで誰も話し掛けてくれなくて、退屈で退屈で……次の野盗が早く来ないかと思ったわ!】
【剣の稽古ばかりで良く食べたからかしら、何処の食堂に立ち寄ってもメニューを見ずに一番大盛りに出来るモノを!! って頼むのよ? そうすると線の細いお嬢さんに負けたら恥ずかしいって、店の主人が意地になって山盛りにするからおかしくて! でも、出された料理は一度も残した事は無かったわ!】
まるで物語の主人公のように、町から町へと剣一本を手に提げて、若い娘のファズマが婿探しの旅をする。そんな話を聞きながら、ラクエルは成長し剣の道を歩み始めたのだと、伯父のリハレスに告げた。
「……そうか、そうだったか……ファズマはそう言っていたのか……」
リハレスはそう言うと、剣の世界に生きてきたとは思えない柔らかな掌で自らの顔を擦り、溜め息を吐いた。
「……うむ、これからはもう少し、ファズマと話をすべきかもしれんな。どうも年を取ると頭が固くなり、思い込みが激しくなるようだ……」
彼はそう告げた後、ラクエルに短くありがとう、と礼を言い、目を閉じた。