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⑥伯父と姪っ子



 酒の入ったリグレット卿は心配要らんと繰り返しながら、二人が頼まなかった【もっさりのっけもりサラダ】を注文し、なかなか珍しいなと相好を崩した。


 「おじーさん、ラクエルさんのおじさんなの?」

 「ああ、そうさ……昔のラクエルは泣き虫でな、良く母親の脚にしがみ付いて泣いとったが」

 「伯父様、止めてください! 小さい頃の事を蒸し返さないで……」


 二杯目を運んできたチリが唐突に尋ねると、リグレットはすっかりラクエルの伯父としての顔で懐かしみ、真っ赤になりながらラクエルが打ち消そうとする。


 そんな平和な会話に耳を傾けながら、ジェロキアはリヴァイアサンの干物を噛み締める。


 やや焦げ茶色に染まった干物は両面を丹念に炙られ、固く締まった表面とは裏腹にしっとりとした歯応えの内側と共に、ほろほろと崩れていく。


 口の中で水気を吸った干物は容易く解れ、濃縮された身の旨味と脂を滲ませながら、ほんのりと潮の香りを残して消えていった。


 「うむ、エンガワとやらは……なかなか面白い噛み応えだな」

 「そうですね、コリコリしてると言うか、何とも言えない食感……かしら?」


 すっかり酔いの回った二人は、先程までのラクエルの過去の応酬と取り繕いを引っ込めて、伯父と姪の気楽な会話へと落ち着いていた。


 「リバイアサンのエンガワって、他の魚と全然違ってヒトの腕より大きかったんだよ! それをししょーがサクサク切って、食べやすい大きさにしたから平気でしょー?」

 「うむ、うむ……その通りだな。チリと言ったか……此処はいつも店を開けとるのか」

 「ううん! 仕入れとかで閉めてる時もあるし、昼は中休みするよ!」


 身振り手振りを交えながら料理について解説するチリに、リグレット卿が気さくに尋ねると素直に答える。やがてししょーに他のテーブルへ注文を持っていくように頼まれたので、彼女は手を振りながら三人の元を離れて行った。



 「……城下に、こんな所が在ったとはな……」


 暫し沈黙した後、不意にリグレットが呟いたので、二人は自分達が卿に隠れて逢い引きしていたとでも思われたのか、と同時に心配したが、


 「……儂の妻が、去年亡くなってな……()()とは余り、出歩いた事も無かった」


 どうやら違うようだと気付き、とにかくリグレットの話に耳を傾けてみる。


 「……ひたすら剣の道を極めようと、そればかり目指して省みなかった。病が進んでいたのは知っていたが、そのうち快癒すると……そう、信じていたのだが……」


 ラクエルは、彼の妻が病に伏せて亡くなった事は知っていたが、まさかリグレットが後悔の念に苛まれていたのは、ついぞ知らなかった。


 「伯父様、あまり気を落とさずに……」

 「……ラクエル、済まんな……つまらぬ身の上話で暗くしてしまって。だが、こんな良い店が在ったなら……二人で出掛けて夜を過ごす時も、そう思うと、無念でならぬ……」


 ジェロキアは内心、どうしたものかとヒヤヒヤしていたが、口に出してみたお陰で気が紛れたのか、リグレットは立ち直ったようだった。


 「……いや、それは致し方無い事だろうな。人はいつか死ぬものだ。早いか遅いかの違いはあれど、誰にでも訪れる。だから、ラクエルよ……儂があれの元に行く前に、まだまだ教えておきたい事が山程有るぞ?」

 「……伯父様、意気込んで詰め込まれても、弾け飛んでしまいますって……」


 また剣の話かとしょげ込むラクエルの顔を見て、リグレットはまだまだ若いんじゃから、と前置きしてから、


 「そうじゃ、ジェロキア。お主も騎士団長として部下の指南に励むのも、悪くなかろう?」

 「……自分が、ですか……?」

 「うむ、伯父の立場でラクエルと向き合っても、つい手加減してしまうでな。お主にも手合わせして貰った方が、加減がついて良かろう」

 「……ひいっ!?」


 ラクエルの悲鳴にも似た呻き声に、ジェロキアとリグレットは思わず吹き出してしまい、場の空気が再び和んだのを皮切りに杯が掲げられた。


 「よし! 今宵はとことん飲むでな! 二人共、付き合うて貰うぞ!!」

 「伯父様、無茶はいけません!」

 「何を言うか! まだまだ負けぬぞ!!」


 ジェロキアは堅物で近寄り難かった印象のリグレットが、姪の前だからか随分と気さくに楽しむ姿を見て、人は見掛けに依らぬものだと思いながらグラスを傾けた。




 「……いやはや、年は取りたくないのぅ」


 頭に濡れたタオルを載せて眼を赤くしたリグレットが、ベッドの上でぽつりと呟いた。


 あの夜、酩酊するまで酒を飲んだリグレットはジェロキアに担がれて館に戻り、家人総出で出迎えたのだが、騎士団長が剣術指南役を背負って現れたのを見て軽い騒ぎになってしまった。


 無論、ラクエルが場を取り成して騒ぎは直ぐに鎮まったものの、何故三人が揃って宴席を囲んでいたかに及んだ時、ジェロキアとラクエルはリグレットの真意を掴めていなかった為、取り繕う事が出来なかった。


 結局、たまたま居合わせただけだと苦し紛れの言い訳で丸め込み、ジェロキアが辞した後はラクエルがリグレットを介抱する事になった。


 「もう、伯父様も飲み過ぎはいけませんよ?」

 「……全く、姪に諭されるとはな……」


 呆れたように呟くラクエルだったが、リグレットは懲りた様子はなさそうだ。頭に載せていた濡れタオルを彼女に差し出しながら、そうじゃった、と言いながらベッドから身を起こすと、


 「のう、ラクエル……聞いておきたい事があるのだが……」


 そう言ってラクエルの顔を見た。



 「……ジェロキア、騎士団長の事を、どう思っとる?」





 

 


 


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