表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/54

④活きの良さ



 「まだ、生きてるんですって!! 噛もうとしたら、プルプルって動くんですよ!?」


 ラクエルの叫びにまさかと思いつつ、ジェロキアもフォークに刺して口へと運ぶ。


 ひと噛み。勿論ぐにっ、とした歯応え(それがリヴァイアサンの通常なのかは知らないが)と共に仄かな甘味と、ピリピリとした肉の痙攣が始まり……ピリピリ!?


 舌先に感じた違和感が、確信に変わった瞬間。ジェロキアはリヴァイアサンの筋肉に宿した強い生命力に驚嘆しつつ、これでもかという思いを籠めて噛み締めてやる。


 ぐに、ぐにと咀嚼を繰り返し続け、遂にリヴァイアサンは微動を止めた。


 口の中で動きを止めたリヴァイアサンは、次第にじんわりと甘味を滲ませながら、ジェロキアの舌にまとわり付くように(ほぐ)れていく。


 ゆっくりと味わってみれば何の事もない。普通の魚の身に近い味である。ついさっきまで有ったリヴァイアサンに対する緊張感が消えて無くなると、実に普通の食材でしかない。


 案外平気なもんだ、とジェロキアが思った瞬間、目の前のラクエルと目が合う。


 すると今まで副隊長としか認識していなかったラクエルが、急に一人の女性として際立って見えたのだ。


 (……おいおい、これじゃ俺達、周りから見たらカップルにしか見えないじゃねーか!?)


 そう意識した途端、彼女の持ち得る全てが突然彼の五感を刺激し、ラクエルが異性として突出した容姿の持ち主だと悟ってしまったのである。


 「……団長、どうかなさったのですか?」

 「うん、別に何も……いや、何でもない」

 「なら、良いですけど……」


 そんな受け答えの間も、彼女の一挙手一投足が際立って見え、まるで周囲の景色がぼやけて視界に入らないのだから、不思議である。


 「だんちょーさん!! お皿空っぽだから下げていーい?」

 「んあ? あ、ああ……良いぞ……」

 「はーい! お次が決まったら呼んでねー!」


 チリが傍に居た事にも気付かず、上の空のままで答えた時。自分がいつの間に料理を食べ終わっていたのかさえ、自覚していないジェロキアだった。



 「ところで団長、次は何にします?」

 「……君が決めてくだされ……」

 「……はい? ええっと、それじゃあ……」


 ラクエルが【おしながき】を眺めながらチリを呼び止めて、ジェロキアに質問してみるが、やはり明瞭な答えは返ってこない。おまけに語尾も何か変である。ラクエルはそんな彼の様子を(いぶか)りつつ、新しい料理を決めるとチリに注文し、やがて運ばれてきた一品へと目を向けた。


 【ぷるぷるなにこごり】


 「……これ、なんでしょうね」

 「……ぷるぷるだな」


 上の空で見たままの感想を述べるジェロキアだったが、甲斐甲斐しく互いの取り皿に【にこごり】を載せるラクエルの指先に視線を這わせる。


 彼女のほっそりとした白い指には、所々に打ち合いで生じたアザや擦過傷が目立ち、思わず手を伸ばして擦ってやりたくなる衝動を抑えつつ、彼女がフォークを持つまで待ってから、


 「じゃ、食べてみるか」

 「そうですね、頂きましょう」


 そう言い交わして口へと運んだ……のだが、


 茶色い煮こごりの透明な断面に見え隠れするリヴァイアサンの身らしきモノが、ラクエルの薄桃色の唇へと吸い込まれていき、するんと口中へと収まる。やがてふわりと動き出した口元につられて形の良い顎が上下し、無駄の無い洗練された動作を繰り返す精密機械のように咀嚼する様は……見ていて全く飽きなかった。


 「……ちょー! 団長ったら!!」

 「んあぁっ!? ど、どうしたラクエルっ!」

 「もーっ! さっきから変ですよ!? ずーっと私の方ばかり見て……恥ずかしいじゃないですか……」


 そう言われながら改めて自分の状況を意識し、慌てて取り皿に載った煮こごりをフォークに載せて噛み締める。


 ゼラチン質で固まった煮汁が若干抵抗感を保つのも束の間、直後からトロリと溶けて口の中に滲むように広がっていく。だが、肝心なリヴァイアサンの身から出ていた筈の旨味や歯応えが、全く頭に入らないのである。


 ジェロキアはこのままではいかん、ラクエルに怪しまれると心の内で気合いを入れ直し、改めて二口目を運ぶ。


 自らの味覚と嗅覚を総動員し、出来る限りの情報を掻き集めながら、彼は煮こごりを味わってみる。


 甘さと塩味。そして柔らかな舌触りと歯応え。滋味に富んだ味わいは実に素晴らしいと言えよう。


 しかし、そんな味覚を押し退けるようにラクエルの方から花の蜜に似た香りが漂い、ジェロキアの意識を奪い取ってしまう。


 (……初めて会った時はいつだろうか……あの頃はお互い、子供だったんだが)


 つい、そんな記憶が浮かび上がり、まだ見習い騎士同士だった頃を思い出す。


 ジェロキアは正騎士を目指し剣と共に生きつつ、ラクエルは敷かれた道を踏み外さぬよう導かれながら、十代の後半を見習い騎士として共に過ごして居た。


 しかし、ある日を境に二人は別れを余儀無くされた。ジェロキアは昇進が早い代わりに危険を伴う遊撃隊を自ら志願し、対してラクエルは城の防備を担う城塞騎士になる事を任命されたのだ。


 ……それから月日が流れ、城塞騎士の副団長として帰還したジェロキアを待っていたのは、以前の面影を残しつつ見違える程に美しく成長したラクエルだったが……ジェロキアは、彼女がラクエルだと気付かなかった。


 そして、ラクエルとの再会を果たしたジェロキアは、何の前触れも無く宣告されたのだ。



 「再会早々で申し訳無いが、ジェロキア殿……私とひとつお手合わせ願いたい!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ