①解体
「ししょー、これはまた大きなスライムだねぇ」
チリは賄いのオムライスを口に運びながら、うんしょうんしょと大人三人係りで持ち込んだ巨大なスライムを眺めてから、真顔になって口を開いた。
「……でも、スライムって食べられるの?」
「ああ、たぶん食える。その代わり、一般的な調理法は限られているがな」
「ふ~ん、じゃあ、チリも味見してみるかぁ……」
猫のような見た目のチリはそう言うと、オムライスの最後の一口を掬って噛み締めてから、立ち上がって洗い物の皿を流しへと運んだ。
世間一般的にスライムは【死肉漁り】や【生きたゴミ捨て場】と忌み嫌われている。食性は悪食で何でも身体を広げて包み込み、毒の有る刺胞を突き立てて動けなくする。やがて透けて見える体内の胃袋が、身動き出来なくなった獲物を包み込み、ゆっくりと生きたまま消化されていく……と、かなり残酷な狩猟法ばかり取り上げられているが。
「でも、コイツは城のゴミ捨て場でぬくぬくと育った奴なんだよ。絶対に旨い!」
「えーっ!? やっぱりししょーヘンジン!!」
五年前、開店したばかりの【クエバ・ワカル】亭の裏口付近に倒れていたチリは、居候から店の看板娘として働くようになった。それ以来、主人の事を「ししょー」と呼び親しんではいたが、比較的普通の料理知識(出来て目玉焼きと茹で卵程度だが)しか持ち合わせていなかったチリから見れば、ししょーは【ヘンジン】でしかなかった。
「チリよ……よーく、考えてみろ。城のゴミ捨て場には何が捨てられているんだ?」
「そんなの知らないけどさー、たぶん……リンゴの皮とか、鳥のホネとか……じゃない?」
厨房の真ん中に鎮座したテーブル。その真ん中にどでんと載せられたスライムを挟み、ししょーは食材を吟味する職人の眼差しで、対してチリは怪しいモノを警戒する胡乱な眼差しで、半透明の物体を眺めていた。
「そうだ。大抵は近隣の農家が家畜のエサや堆肥に混ぜる為に荷車で引き取るような物だ。つまり……このスライムは牛や豚と同じ育ち方をした、由緒正しいスライムって訳だな」
「そーかなぁ……ただのブニョブニョにしか見えないし、生きてたら……ワタシも食べられちゃうんじゃない?」
ペチペチと小さな掌で表面を叩き、べにょんと振動が伝わる手触りを確かめていたチリだったが、彼女の表情はそんなに楽観的ではなかった。そりゃそうだ、もしチリがこんな化け物と戦ったとしても……絶対に勝てる筈は無いだろう。
「でも心配するなって。このスライムは【核】をエペ(両手持ちの長い刺突剣)で突いてキチンと絞められたらしいし、濡れた帆布を被せて陽の光で乾燥しないよう丁寧に運ばれて来たんだぞ?」
「だからさー、そーゆー事を心配してるんじゃ、ないんだけどなぁ~」
チリの言葉を聞いてか聞かずか、ししょーは力強く頷いてから、手にした鋭い刃先の筋引き包丁を煌めかせ、遂に最初の一刀を入れた。
「……おっ、やっぱり弾力が有るな……包丁が……通らん」
「ねー、濡らしながら切ったら?」
「んん……それは……やったら、負けな気がする……」
「ししょーの意地っ張り!」
傍目から見れば、やいのやいのと野次るチリではあったが、その表情は楽しげだ。しかしそれもそうだろう。見た事も無い大きなスライムの表面を鋭く研がれた包丁が滑らかに滑り、少しづつ、少しづつでは有るが確かに切り進めていくししょーの技術は、見ていて飽きる事は無い。
「ししょー! 中身の【核】が見えてきた!」
「うん……これはどうしたもんか……」
遂に二つに断ち切られたスライムの巨体の中心に、星のような【核】が露出した。
「それも食べてみたら?」
「よし……そうするか」
「うえぇ……冗談だったんだけどなぁ」
そんなやり取りを交わしつつ、傍らに置かれた籠や大皿に切り分けられた部位が重ねられ、巨大なスライムと文字通り格闘していたししょーは筋引き包丁を置き、うーんと唸りながら伸びをした。
「……よし、終わったぁ~」
「ししょー、ごくろーさま!」
チリに労われながら、ししょーは軽く腕を回した後、食材と化したスライムを可食部とそれ以外に仕分けつつ、美味しく頂けるような調理法を考えた。