③煮ても焼いても旨いらしい
夜の営業開始と同時に顔を出し、今夜のお勧めは何かとししょーに尋ねたジェロキアは、毎度お馴染みのお勧めボードをチラリと見て、そのまま目線を戻そうとして、直ぐに、
「……って!! おいっ!? リヴァイアサンってあの海のリヴァイアサンの事だよな!?」
と、勢い良くししょーに向かって叫んだ。それもその筈。リヴァイアサンと言えば、子供の頃から物語の中で度々名前を聞く程の存在である。実像を見るかどうかは、ともかく。
しかし、ここは【クエバ・ワカル】亭である。そういう店なのだから、仕方ない。そう思いジェロキアは落ち着きを取り戻すと、チリにいつもの奴で、と酒を注文した。
「……それにしても、まさか生きてる内に【蒼海の覇者】だとか呼ばれてる奴を食べられるとはな……それはともかく……」
一口酒を飲み、改めて気を落ち着かせたジェロキアがリヴァイアサンについて聞き返すと、ししょーは自分も初めて食べたんだがと前置きしつつ、
「そうだなぁ……先ず、魚として見ると白身で淡白だ。クセが無い分、色々な味付けで楽しめる。それに捨てる所も殆ど無いし、骨から良いダシも出て食材としてみれば優秀な方だな」
そう言いながら、容器に納めておいたブロック状のリヴァイアサンの肉を俎板の上に載せ、包丁で切り分けていく。
「……いつも思うが、切れ味の良い包丁だな」
「当然さ……これ、オリハルコンだからな」
「本当かよ!?」
「……冗談だよ」
「だよなぁ……」
そんな遣り取りをしながらも、ししょーの手は休まない。丁寧に研ぎ上げられた包丁が動かされる度、大きなリヴァイアサンの肉が薄く柵取りされ、更に削ぎ切りにして端もピンと角の立った綺麗な切り身へと変わっていく。
次第に増え始めていくお客がカウンターやテーブルに着席する度に、いつものチリ入魂のお勧めボードを眺めては一瞬ギョッとして、ジェロキアと同じように落ち着きを取り戻す姿を眺めながら、再び思案する。
【きょうのおすすめ! リバイアサン!!】
【もっさりのっけもりサラダ】
【リバイアサンのえんがわ】
【ぷるぷるなにこごり】
【おいしーひもの】
「……なあ、ひものって干物だよな?」
「当たり前だろう」
「……えんがわって何だ?」
「あー、そうか……ヒレの付け根の肉をそう呼ぶんだよ」
怪訝そうに質問を繰り返すジェロキアだったが、ししょーは嫌がる素振りも見せず、丁寧に答えていく。
「いらっしゃーい! あ、ラクエルさん!」
と、来客の気配を察したチリが出迎えたのは、騎士団の副団長ラクエルだった。
「チリちゃん、こんばんは……団長は?」
「うん! 先に来てるよ!!」
チリは快活に受け答えしながら案内し、ジェロキアの隣の椅子を引いて座るよう促した。
「ありがとう、チリちゃん……団長ぉ~、疲れましたよ……」
「お疲れさん、シゴかれて来たかい?」
「ええ、でも最悪です!! 伯父さ……いえ、リグレット卿ったら、必要なのは才能じゃない、積み重ねる努力なんだから精進しなきゃって、この時間まで稽古させるんですよ!?」
「でも、リグレット卿も付き合ってくれたんだろ? 感謝するべきじゃないか」
「……まあ、そうなんですけど……」
彼女の母親の兄、リハレス・リグレットは国内屈指の剣の腕前の持ち主である。彼は騎士団顧問指南役を務めているのだが……ラクエルにとっては天敵に近い存在だった。
そのリハレスに剣の稽古をつけて貰っていたラクエルは、剣に秀でた母と違って剣の技量を指摘され続け、疲れからついつい愚痴を溢してしまう。
「はーい! ししょーのお勧め! 【えんがわ】でーす!」
そんなラクエルの前に、皿に盛られた見慣れぬ切り身が差し出される。
「……これ、何かしら……」
説明抜きではラクエルも当然判らない。真っ白い見慣れぬ切り身(相手が巨大なだけにえんがわも巨大だ)を前に、怪訝そうである。
「はい! これを付けて食べて!」
再びチリが差し出す小皿には、茶色い液体が注がれていて、どうやらそれに浸けながら食べるようだ。早速一切れフォークで刺し、軽く泳がせてみてから取り出し、口へと含む。
と、ラクエルは突如驚きながら顔を上げ、救いを求めるように視線をジェロキアに向けたのだが、
(……こーやって見ると、綺麗な顔してるな)
当のジェロキアは、彼女の真意を理解出来ぬまま、上の空だった。だがしかし、そんな思いは口の中のモノを漸く飲み下したラクエルの声で打ち消された。
「団長っ!! これまだ生きてますっ!!」
「……はあ?」