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おかわり②グリフォンのスイーツ



 謹慎処分が明けて、久し振りに【クエバ・ワカル】亭へと足を踏み入れたジェロキアは、もう一人の副長、ピメントと共に卓を囲んでいた。


 気持ちの中ではラクエルの方が良かったのだが、生憎と彼女も予定が有り、今回の食事には参加出来なかった。しかし、そこはそれ。昵懇(じっこん)の間柄とでも言うべきピメントを伴い男同士で酒を飲み交わす内、そうした気分は忘れて飲食を楽しんでいた。




 「そう言えば、あのグリフォンは全部売り切ったのか?」


 ジェロキアは気になり厨房に立つししょーに向かって尋ねてみると、返ってきたのは意外な答えであった。


 「……グリフォンかい? 勿論全て売り切ったさ。でも、少々変わった趣向の料理に出来ないかと思って、取っておいたモノがあるんだが……試してみるかい?」



 酔いの勢いも手伝ったせいか、つい二つ返事で応じたジェロキアの前に、皿に載られて別々の品がチリの手で運ばれてきた。


 「はい! これはアイスね! んでこっちはシュークリームです!!」





 「……なあ、チリちゃん。この店は何時から肉を甘味として売るようになったんだ?」

 「あー、だんちょーサンってば、疑ってるんでしょー!? ししょーが作ったんだから、美味しいに決まってるでしょ!!」


 一瞬ジェロキアは(決まってるでしょ!! って事はチリちゃん食べてないのか?)等と思ったが、チリは突き放つように告げると二枚の皿を二人の前に置き、サラサラと伝票に売上品を書き込むと、さっさと行ってしまった。


 「……団長、もしかして謹慎の原因になったグリフォンって……これですか?」

 「ああ、そうだ。でも、また出て来ても困るんだが……しかもスイーツとはなぁ」


 テーブルに載ったアイスとシュークリームを挟み、銘々で戸惑いを隠せない二人だったが、注文したからには食うしかない。しかも、二品とも見た目は完全にアイスとシュークリームである。


 (……やっぱり肉だよな、グリフォンが材料っていったら……)


 アイスをしげしげと眺めながら、二人は困惑したままスプーンで二つに分け、自分の皿へと取り分けるが、そこから先に進めなくなる。


 「団長、どうぞお先に」

 「いや、こーゆー時こそ副長たるピメントが先に行け」

 「そこで格は関係無いかと」

 「お前だって団長からと言ってた癖に」


 二人はぐだぐたと繰り返していたが、アイスは一刻も早く食さないと溶けてしまう。それに溶けて温まったら、肉汁等が出て来て不味くなりそうであるし、それ以前に肉汁がアイスから染み出すとか、混沌(カオス)過ぎて訳が判らない。


 ……はあ。


 二人のどちらが先に溜め息を吐いたか判然としないまま、遂に諦めて同時にスプーンを動かし、口へと運んだ。






 ……その瞬間ジェロキアは、心中に高く(そび)え外界と脆弱な自分の内面を隔てていた強固な壁が、ガラガラと音を立てながら脆く崩れる様を、確かに耳で聞いた。


 ……その瞬間ピメントは、鍛え上げて屈強な肉体で覆われた筈の自分の中に、甘く朧気(おぼろげ)な衣を纏った白い肌の乙女(ややラクエルに似ている)がそっと手を差し伸べたので、応じる為にその細くしなやかな指先を掴んだ。


 ……そんな幻影を、見た気がした。



 「……これ、確かにアイスだな」

 「ええ、しかも今まで食べたアイスの中でも一番かもしれません……」



 ししょー曰く、グリフォンのレバーから脂肪分が多い箇所を探して切り取り、牛乳と塩に漬け込んで臭みを除去した後、約二日程ブランデーと辛めの香辛料に漬け込み、更に低温の油で時間を掛けて煮る。その後、油を丁寧に拭って取り除いたレバーを、生クリームと卵黄で作ったアイスに練り込んで作ったそうだ。


 二人は改めて味わってみる。レバー特有の臭みは一切感じなかった。いや、それどころかレバーならではの舌触りがカカオに似た風味を際立たせ、肉としての個性よりスイーツとしての表情の方が際立っているのだから、誠に不思議なものである。



 あっという間にアイスを完食した二人は次のシュークリームへと興味が移り、気付けば奪い合うように皮の上方を手にしたナイフで鮮やかに切り裂き、綺麗に二つに分けていた。流石は騎士団長と副団長の見事な腕前である。


 無言のまま、桃色の断面を覗かせたシュークリームを前に、二人は戸惑う事無くフォークを突き立て、被り付いた。





 (……っ!? これは……まさか、肉だとっ!!)

 (くっ……自分とした事が……クリームチーズか)


 二人は同時に刮目し、そして同時に互いの反応を確かめ合った後、再びシュークリームへと注意を向ける。


 そう、こちらはこちらで実に良く出来た一品なのだが……先程のアイスとは全く異なり、完全に肉料理だったのだ。


 聞けばししょー曰く、グリフォンの塩漬け肉とナッツを細かくし練り合わせた後、淡く舌触りの滑らかな柔らかい山羊のチーズと混ぜ、塩とチーズを足して焼き上げたシュー皮に入れて作るそうだ。言われてみれば、全て納得出来る程に肉とチーズとシュー皮は見事な組み合わせである。


 ジェロキアとピメントの二人は悔しかった。確かに旨い。酒にも良く合う。しかし、見た目とは裏腹に塩と肉、そしてチーズの旨味が調和したそれは、大変旨かったにも関わらず……彼等の心にぽっかりと白い穴を空けた。まるでそれは、中が空洞なシュークリームの皮の如く……。





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