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グリフォン亜種 最終話



 やがて【ぼんじり】は無くなり、ジェロキアとエルメンタリアは先に出されて残っていたグリフォンの【まえとうしろおにく】を肴にウオトカを飲んでいたが、チリが(かご)に盛った割れ目入りの細長いパンを数本差し出してきた。


 「これにみんな一緒に挟んで食べてみて!」


 そう言いながら二人に向かって勧めて来る。言われて銘々手に取ると黄緑の青野菜を載せ、その上から二種類の肉を盛り付けて、左右から軽く手で握るとかぶり付いてみる。


 先ずは細い肉が目立つ方。こちら側はギュッ、と噛み締めるとプチプチと歯先で細かい繊維が容易く千切れ、甘味の有る脂が適度に(にじ)み出てくる。じわっと脂が肉から口の中に行き渡り、ほろほろと崩れる肉と合わさり渾然一体となりながらシャキッとした歯触りの野菜と混ざり、思わず頬が緩みそうになる程に旨い。


 続けて、粗めに(ほぐ)された肉を挟んだ側を齧る。ザクッとしたパンの表皮が破け、内側のふんわりと軽い柔らかな中側の食感が、自己主張の強い歯応えの肉と対比的である。脂は先程の細やかな肉と比べてやや控えめで、牛の赤身肉に近い。無論、固くて噛めない筋の類いは除かれているようで、(ほぐ)れ易く煮込まれた肉から噛む度に肉汁が溢れ、これも堪らない。


 「……うーん、どっちも旨いんだが、どっちが何処までかは判らんな」

 「だんちょーサンは判らない? ししょーに聞いてきたから教えたげる!」


 チリは言いながら得意気に傍へ立つと、交互に指差しながら、


 「んーっと、コッチの赤くて細いほーが【まえ】で、コッチの茶色くて太いほーが【うしろ】だってさ!」

 「フム……じゃあ【まえ】は前脚、【うしろ】は後ろ脚って事か」

 「そーだよ! ししょーも【まえは鳥ムネ肉みたいでうしろは馬肉に似てる】って言ってた!」


 そう教授した後は、酒のお代わりを取りにカウンターの向こう側へと行ってしまう。そして取り残されたジェロキアが何か言おうと再び口を開けかけた時、エルメンタリアが不意に後ろに振り返り、店内の中空を眺めた。


 釣られて視線を沿わせるジェロキアだが、勿論何も見当たらない。精々、酔客が漂わせた紫煙の切れ端が、僅かに(たなび)く程度である。


 だが、エルメンタリアは不意にカウンター席から立ち上がるとチリの元まで歩いて行き、


 「ねえちゃん、私は此処の料理が気に入ったから、また来るな!」


 そう言って、チリの掌に数枚の金貨を取り出して握らせる。そして、厨房のししょーに向かって挨拶代わりに手を振ると、


 「おい、旦那よ! 近くに寄ったらまた来る! その時は鷹馬以外で宜しく頼むぜぃ!」


 まるで近所の店へ飲みに来たかのように告げると、チリの耳の後ろを軽く触りながら、


 「ねえちゃんも、もしウチらみてぇな帝国の連中が来て、ごちゃごちゃ抜かした時は私の名前出して脅してやんな! 直ぐに黙るかんな!」


 そう告げて踵を返すとそのまま店の扉に向かって歩いて行く。


 「……ひぃ、ふぅみぃ、おねーさん! 待ってってば! これ多いーよー!?」


 チリは手の中の金貨を数えてから、慌てて後を追う為に扉を開けて外へ出たが……




 「……おねーさぁ……っ!?」


 既に通りの先に行ってしまったエルメンタリアの姿を見つけ、声を出そうとした瞬間。


 突如頭上から夜空が降って来たかの如く、天を覆うような何かが音も無く降下し、それが大気を押し下げる風で通り一帯に強烈な砂塵を舞い上げる。


 黒い巨体に灯火の光を反射させ、細長い構造の左右に付けた大きな風切り翼をゆっくりと捻るように動かしながら、宙に留まる得体の知れない何かが、通りを塞ぐように浮かんでいた。


 本能的な恐怖を感じ、頭を抱えてしゃがみ込んでいたチリは無論知らないが、それこそが帝国屈指の強さを誇る、仮装強襲空中戦艦だった。


 と、(ようや)く自分が何の為にエルメンタリアを追ってきたか思い出したチリが、ありったけの声で叫んだ。


 「おねーさぁん!! お釣りぃ!!」

 「……ああ!? 取っとけ!! 次の払いが足んなかった時の為になぁ!! それにケチだと思われたくねぇ!!」


 頭上から斜めに船首を下げながら、大きな空中戦艦が通りの上に留まり、その傷だらけの船体脇に開いた乗降口らしい場所の手摺を掴みながら、エルメンタリアが再び叫んで返した。


 「帝国強襲部隊のよ! 面汚しって呼ばれたくねーからさぁ!!」


 そして、更にそう告げて乗降口の中に姿を隠すと、大きな空中戦艦は音も立てずフワリと浮き上がり、あっと言う間も無く上昇し、北西の方角へと消えていった。





 「……で、この書簡が届いたって訳さ」


 ジェロキアはそう言いながら、副官のラクエルの前で蜜蝋を用いて封印されていた書簡を開き、中に納められていた手紙を取り出すと、彼女に向かって差し出した。


 「その……団長は既にお読みですよね」

 「ああ、王様が見た後にな。お陰でこっぴどく叱られた」


 書簡の手紙には、繊細な字で丁寧な文章が記されていた。文の最後には書いた本人の署名が有り、その人物が自ら筆を取って書いたのだと推測出来る。


 【 中央都市 常駐騎士団長様 】


 【 此度の自軍艦船墜落に際し、速やかな遺体受け渡しを為し、当方へ多大なる御協力及びご尽力を授けて頂けた事、陛下に代わり感謝申し上げます。


 特に搭載していた「鷹馬」の逃亡を逸早く察し、此れを殺処分して頂けた事は深く感謝致します。我が軍所属の鷹馬は無許可で国外持ち出し及び繁殖する事を厳しく制限している故、出来れば当方にて対応すべき案件で御座いましたが、内々にて処理して頂けました事、並びに感謝致します。


 尚、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は当方で回収いたしました。


 これからも貴国の繁栄と自国との和平が、末長く続く事をお祈りしつつ筆を置かせて頂きます。


 帝国軍直轄強襲部隊 筆頭剣士 ホーリィ・エルメンタリア 】



 「……まさか、探していた物って……」

 「ああ、グリフォンの方じゃない。卵の方だったんだが……エルメンタリアにゃバレてたみたいだ」

 「じゃあ! 帝国は和平中立案を蹴っても此方(こちら)側は文句の付け様も無いのでは……」

 「いや、エルメンタリアは報告しなかったらしい。理由は判らんが。ただ……俺の独走で、一歩間違ったら戦争になりかねん事態だったがな……」


 自らが招いた結果とはいえ、仔細が落ち着くまで城内での謹慎を告げられたジェロキアは、疲れたように首を振りながら、最後にラクエルに向かってぼやいた。



 「……あー、謹慎が解かれたら絶対に【クエバ】亭に行ってやるぞ……」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 途中経過として…… 落ち着いた表現、難しい漢字も採用した文章。 新境地と言ったところで面白い。 [一言] 地の文に多くの取り組みと挑戦を感じます。 面白いです。 なので修正ではなく、これに…
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