⑤あたまの中身
それから暫く経ち、追加注文されたウオトカが空になる間際になって運ばれて来たのは、
「はい! 先ずは【あたま】でーす!」
ドン、と景気良くカウンターに置かれた大皿に、青野菜を敷き詰めた上に茶色い衣の付いた揚げ物が盛られていた。上から茶色いソースが回し掛けられたそれは、一目でカツレツか何かだと判るのだが、問題は中身が頭の中身だと言う事である。
「……頭、って事はあれか……中身って訳だよなぁ……」
「おお、その通りさ! アンタも男なら先ずはやってみなって!!」
戸惑うジェロキアの背中を景気付けにバシッと平手打ちしながら、彼女は自分の前に置かれた取り皿に取り、フォークで一切れ刺して口へ運んだ。
「……へえ、やるじゃん。ここの料理人は腕が良いな!」
ウオトカで一口目を流し込み、感嘆しながら料理を褒めると、ジェロキアの顔をちらと見た。
「……ああ! 判った判った!! 食べるって!! ……食べるから……はぁ」
ため息と共に開かれた口へ、スプーンに載った中身が運ばれる。ぎゅっと目を瞑ったまま、ジェロキアは暫く無言のまま咀嚼するが、不意に見開かれた目は隣に座る黒髪の女性へと向き、
「……これが、そうなのか?」
「ああ! 紛れもなく脳ミソだろ!!」
「ハッキリ言うなよ……でも、なかなか旨いもんだなぁ」
そう結論付けながら、同じようにウオトカを流し込んだ。
それにしても初めて食べた筈なのに、何処かで食べた事があるような気がする。しかし何処の何かと具体的に挙げられる訳でもない。ジェロキアはそう思いながら二口目をゆっくり噛み締める。
サクッ、と雑味の無い新しい油で丁寧に揚げられた衣が歯で砕かれて、中の身へと到達する。
ジュッ、と火傷しそうな熱さの肉汁に似た液体が滲み出して、それが嫌な風味を感じさせるのかと身構えるが、全くエグミも臭みも無い。元の食材が奇怪なだけに身構えてしまう。しかしその歯触りは、まるで降り積もった清廉な雪を口に含んだようで、軽やかな衣の食感を残しながら、ホロリと砕けながら消えてしまう。後に残る風味は手の込んだ甘辛いソースの味だけなのだが、敢えて近しい食感を例えるならば蒸し焼きにした魚の内臓が似ている。しかし、それも完全に言い表せてはいない。つまり、これと似た味の食材が思い付かないのに、完全な無味では無いのだ。
「……普通はよ、周りの固い薄膜を取らなくて口当たりが悪かったりすっけどさ、ここのはキチンと取ってあるな」
酒のせいか随分と砕けた口調で言いながら、改めて一口齧る。整った表情が直ぐに柔らかく綻び、そうして美味しそうに食べる姿に覗かせる少女のような仕草の端々が、見る者の表情も釣られてしまう微笑ましさを持っていた。
「はーい、次は【まえとうしろおにく】です!」
と、チリが元気良く持ってきた料理は、横長の白い皿に極細に刻まれた肉が左右に盛り分けられていた。添えられたイモやニンジンと肉のコントラストは鮮やかで、見た目からも食欲がそそられる。
「これは手が込んでるなぁ。で、どっちがどっちなんだい?」
「んー、判んない!」
「……ああ、そう……」
尋ねた相手がチリなら仕方ないと諦めながら、ジェロキアは新しい料理に手を伸ばす。
味付けされている肉を皿に取り、フォークで絡めるように纏めてから溢さない気を付け、一口。
先ず最初に訪れたのは、鼻腔一杯に広がる香辛料と調味料の芳しい薫り。ぐっと押し寄せる辛みは穏やかながら、食欲を増す切っ掛けとなり、一度満たされていた胃が刺激されて再び口へと運んでしまう。ジェロキアはその組み合わせに未知の妙味を感じ、思わず厨房のししょーに向かって尋ねてしまう。
「これは何だ? さっきのソースとも違うし、甘辛くてスパイシーだが食べた事が無いな……」
「それかい? 塩漬けした豆を半年寝かせて作る調味料と、石臼で挽いた唐辛子の粉を使ってるのさ。珍しい味だろう」
「いや、そりゃ知らないなぁ……だが、旨いよ」
複雑な味わいに唸りながら、三口目に移るジェロキアの脇を突付きながら、チリが彼に小声で尋ねる。
(ねー、ところでさ……そのおねーさん、何てヒトなの?)
(……ん? ああ、知らないよな。帝国軍からやって来た落ちた船を回収しに来た人で、エルメンタリアっていうそうだ)
(ふーん、長い名前だねぇ)
聞き慣れぬ名前に神妙な顔のチリだったが、自分の皿に取り分けた肉を食べてから、旨い旨いと繰り返すエルメンタリアの様子を見て、
(こんなに若そうなのに偉いヒトなのかぁ)
と思い直したが、見た目で判断するのは彼女の流儀では無く、
「おいしーでしょ? ししょーが一杯頑張って作ったんだよー!!」
そう説明しながら耳をピンと立てた。その仕草に気付いたエルメンタリアがチリに向かって、
「……おっ、ねえちゃん猫人種かい? 生まれは何処だい」
「んー、判んない!」
「そっか……ま、何処の生まれだからって、今が幸せなら構わねぇよな!」
軽い調子で返されて、そんなもんだと頷いた。
その後、チリが運んで来たのは【ぷりぷりなぼんじり】。鳥類の部位の中で最も脂の乗った箇所のぼんじりは、巨体を誇るグリフォンならではの大きさが取れたのだが、流石に一人分の量は限られている。
「……これ、ぼんじりだよな?」
「……ステーキにしか見えねぇ……」
だが、二人の前に置かれた鉄皿上の【ぼんじり】は、チキンステーキも凌ぐ程のボリュームで、黄色い脂を滲ませながらパチパチと弾ける音を奏でている。
ジェロキアがナイフとフォークを使い、ぼんじりを切り分ける。するとじゅわっと更に脂が染み出し、茶色く焦げた皮がパリッと割れて透明な肉汁が濃い色のソースと絡み合い、ぷつぷつと泡立っていく。
「おー、凄ぇな……食う前から旨そうだ!」
「脂っこくないか、これ……」
二人は各々違う反応を見せながら、しかしさっさとナイフで切り出して、口へと運ぶ。
口元で最初に感じる匂いは、良く焦げた皮と摺り下ろしたニンニクの食欲をそそる薫り。だが口の中で噛み締めた瞬間の脂の染み出し方は、肉と同量かと思う程の勢いだった。
だが、流石に鳥肉と似たグリフォンの脂だけに、若干のしつこさが有る。付け合わせの香草と薄切りタマネギが添えられていなければ、くどいだけの味に辟易したかもしれない。
無論、逆にグリフォンの脂でタマネギが良い感じに加熱され、両方の旨味を堪能出来たのはししょーの計らいなのだが、あっという間に平らげた二人には関係の無い事だった。




