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②グリフォンから肉へ



 仕留めたグリフォンの頸動脈を切り裂くと、まだ温かい血がどくどくと流れ、地面に血溜まりを作る。ししょーが一歩後ろに離れると血溜まりは更に大きくなり、やがてグリフォンの身体から一切の生命の兆しが消えていった。


 (……血抜きが終わったら(わた)抜きしたいが、この巨体じゃ逆に心臓と肝臓だけ抜いて持ち帰った方が早いな)


 死後硬直が始まる前に部位分けに移りたいししょーは、手分けして脚と胴体を切り分ける事に決めた。


 大きな関節は小さな刃物でも切断出来るが、肩甲骨回りや大臀部は簡単に切り離せそうにない。それに血の臭いを嗅ぎ付けた新参者の獣と遭遇する可能性もある。時間は出来るだけ掛けない方が好ましかろう。


 道具入れから手斧と小鉈を出して、荒っぽく肉を切る。多少の歩留りの減りは目を瞑るしかないが、吟味しながらゆっくり解体している暇は無いのだ。


 ガッ、ガッと手斧を振り下ろして腿を切り落とすししょーの横で、肩回りの肉を外すキアラの短刀が滑らかに肩甲骨を避け、ずるりと一周させて太い上腕部が地面に落ちた。


 と、解体していたキアラが背中の矢筒から一本抜き取り、短刀で小さく肉片を切り取って矢で貫き、傍らの樹皮へと突き立てた。


 「んっ? 何かのおまじないかい」

 「……そうさ。私ら狩人はね、獲った獲物の一部をそこの(ヌシ)に捧げて、次も獲物が獲れるようにお願いするんだ」


 ホントは心臓がいいんだけど、と呟きながらキアラは何か呟き、最後に指先を血溜まりに浸して念じると立ち上がった。


 「……そうそう、私らの間じゃあ森の主は女の神様だからさ、()()()()を見せとくと大層喜ぶんだけど、一つやっとくかい?」


 続けて発せられた嘘とも本気とも判りかねない言葉に、ししょーとジェロキアは顔を見合わせたが、カーボンは知らん振りして切り取った部位を袋へと詰めた。




 「……荷車、持って来ればよかったな」

 「いや、それは無理だろ……山の中をガラガラ言わせながら引っ張って行くつもりだったか?」


 ブツブツと呟きながら、ししょーが背負った首回りの肉を背負い直す傍らで、ジェロキアが見間違いかと思いたくなるような鉤爪付きの脚が入った背負い袋を持ち上げる。無論、四人で持てるだけの部位以外は穴を掘り埋めてしまったが、熊はそのまま放置していく事にした。


 「さて、それじゃ戻るか……」


 ししょーは戻る道程の長さを思い出して落ち込みそうになったが、どんな料理にするか考えて始めると足取りは次第に軽くなり、頭の中は調理法の組み立てで一杯になっていく。


 (……鳥類と考えるか、いやそれとも熊系か……)


 さっきまでの暗澹とした表情は消え去り、袋から飛び出したグリフォンの頭のせいで、ややもすればちょっとあぶないヒトにしか見えなくも無いが、三人は放っておく事にした。


 (……このヒト、いつもこうなんですか?)

 (ああ、料理の事になると夢中になりやがる)

 (……一芸に秀でると、他が薄くなる典型ですな)


 後ろで囁かれるひそひそ話が聞こえないまま、ししょーは足取り軽く森を抜け、中央都市へと続く道程を戻っていった。




 「さて……先ずは羽根を抜くか」


 【クエバ・ワカル】亭へ戻って来たししょーは、手始めに大鍋一杯の湯を沸かし、羽毛に包まれた箇所や足先に続く笠状の関節部へ熱湯を掛ける。直ぐに羽毛を革手袋で掴んで引き抜くと、ブツブツとした鳥類特有の気色悪い表皮が(あらわ)になる。


 (……む、これはキツいな……)


 カーボンは無数の脱毛痕に毛を逆立てるが、ししょーは気にせず大量の羽毛を抜き取って袋に詰めていく。寝具屋にでも卸せば、駄賃の足しになるかもしれない。


 「さて、次は……肝臓と心臓の血抜きだな」


 濡らした葉と油紙で丁重に包み、冷却効果の高い魔石の粉末を詰めた布袋で挟み、冷やしながら持ち帰ったので鮮度の心配は少ない筈だが、やるべき事は手を抜けない。


 まず人の頭程の心臓を縦に割り、心室と血管に付着した血を丁重に洗い流す。残せば固着して落ちなくなり、加熱した際のアクとしてえぐ味を出してしまう。血は新鮮なら不味くはないが、高温に晒されると場合に依っては味のブレを生み出してしまう。


 肝臓も同様に切り開き、血管や脂肪を切り取って水に晒しておく。最後に水気を取って荒仕込みは完了だ。


 肉の中でも特にやっておくべきは【ボンジリ】の処理だろう。尾骨周辺の肉は脂が乗り、焼いて食べればしっとりとした噛み心地で柔らかく、蕩けるような歯触りで非常に珍重される。しかし、小さな突起状の先端部(退化した尾羽根の痕跡周辺)には羽根の防水効果の為に分泌される油が詰まっていて、ここだけは処理が必要だ。


 包丁の先で人の指と同じ長さの突起に刃を沿わせ、ツーッと切れ目を入れてから引き抜く。ポッカリと空いた穴の根元をぐいぐいと掌で押し出すと、黄色い脂がビュッと勢い良く飛び出すが、やはり古びた脂の臭いがして辟易する。しかし、量は大した事はないから我慢できる。


 後は各部位を骨から外し、太くて固い筋を切り取って精肉にするだけだが、左右両方が揃っていないのが残念である。幾ら人手が有ったにしても、牛並みの巨体を持ち帰るのは無理が有る。今すぐ戻って埋めた場所を掘り返せば、残りが手に入るかもしれないが、どうせ山犬の類いが群がって食い散らかしているだろう。何事も諦めが肝心だ。


 (確か、腹の中に子豚とウズラを詰める料理があったな……)


 半分だけ持ち帰った身肉の肋骨を外しながら、以前聞いた宴会料理の一つを思い出して、ししょーは子牛でも入るんじゃなかろうか、と考えてみたが、誰が金を出すものかと諦めた。しかしグリフォンから始まって子牛、そして羊から子豚と次々と登場した後、最後にウズラが出てきたら、最初と最後は鳥になる。何かの験担ぎになるかもと、頭の中の引き出しに仕舞っておく事にした。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 本職の方が書いたものらしく、料理描写が細かく工程をどう組み立てているのか分かり易いところ。 異世界の食材なのに料理が本当に美味しそうです。
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