7 わたしと覚悟
いざこうして向かい合うと、恥ずかしさと情けなさとで尚更どうしたら良いのか分からなかった。でも、同時にオグウェルト様のそばにいられることが嬉しい。そう思っていることに気づくとまた恥ずかしさが込み上げた。
瞬間的に色々な気持ちがないまぜになって、ただそれを表には出すまいと、必死で唇を結んだ。
「先程部屋の前を通りかかったら、扉が開いていて。こんな時間に何かあったのかと」
そう言われて、どうやらオグウェルト様はわたしを探してくれていたらしいと気づいた。そう言われれば、軋んだ扉は閉めなかったかもしれない。
「申し訳ありません、…眠れなかったので気分を変えたくて庭に」
恥ずかしさからオグウェルト様を直視できず、チラリと様子を伺うと、オグウェルト様は難しい顔をしていた。普段の表情を表に出していない時の顔もやや厳しい顔に見えなくもないけれど、それとは違って眉間に皺が寄りそうになっている。
「…いつもより忙しいからか」
眠れない理由のことだろう。「そうかもしれません」と曖昧に返す。わたしもよく分かっていない。
「でも、オグウェルト様の方がお忙しいのに、情けないですね」
情けなさをこぼすと、オグウェルト様は「いや…」と言葉につまる。なんて言葉をわたしにかけようかと考えているような雰囲気だった。
「…気持ちの整理がつかないということか」
こうして、自分の方が大変なことが多いのに、わたしの気持ちまで慮ってくださる人なのだ。
「…そう、なのかもしれません」
そんなことないですよ、大丈夫です、と。割り切っているように言葉を返すこともできたと思う。
でも、苦しかった。今だけ、オグウェルト様に少しだけ甘えたかった。そうしたってどうにもならないのは分かりきっているけれど、その記憶があればこの想いも、いつか割り切れるかもしれないと思ったのだ。
ただ、具体的なことは言いたくないし、オグウェルト様のことが好きなんて言ったら幻滅されるだろう。「急な結婚に気持ちが追いつかない」くらいの伝え方に留めようと思った。それくらいなら許される気がした。
わたしもオグウェルト様も音をたてない時間が少し続いた。こうして完全に二人きりでいるのも、初めてだった。
少しして、口を開いたのはオグウェルト様だった。
「…ハナから夜に報告を受けた。レアに、差し出がましいことを聞いてしまったと反省していた」
夕食前のあのできごとのことだった。おそらく、ハナからあのやりとりはオグウェルト様に伝わったのだろう。
「いえ、ハナはわたしを気にかけてくれただけです。差し出がましいなんて、そんなこと全く。わたしがうまく振るまえなかっただけですので」
ハナが悪いと思われてはいけない。そう思って即座に訂正する。
「そもそも家を背負うとはそういうことだと、この家に来てから教育を受けさせていただきましたので」
自分で声に出して言ってから、ハッとした。やはり甘えるなんて考えてはいけなかったかもしれない。今だけ甘えたいなんて、思える立場にはないのだ。
わたしはわたしの役目を果たすために、今この家にいるのだから。
自分の言葉に打ちのめされて、でもその姿をオグウェルト様に見せる訳にはいかないとなんでもないような顔でいることに努めた。
オグウェルト様は、何も言わない。わたしの言ったことが正論だからだろう。
切り替えよう、甘えてはいけない。
そう、自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返した。
小さく息を吐いてから、オグウェルト様が淹れてくださったお茶をひとくち飲んだ。ひどく優しい味だった。生涯、忘れたくないと思った。
わたしがぶれては迷惑がかかるのだ。この大切な人たちに。
そう思うと、なんだか少し、気持ちが落ち着いた。わたしの行動で、この家の人達にもオグウェルト様にももしかしたら何かお返しできる日がくるかもしれないとも思えたから。それを希望として、これからやって行けたら良いのだ。少し強がりだったとしても、この気持ちは嘘ではなかった。
少し落ち着いたわたしは顔を上げてオグウェルト様をうかがうと、やはり難しい顔のままそこにいた。
優しい人だからおそらく、わたしの嫌がることをさせてしまうことに罪の意識があるのだろう。彼が主導していることではないだろうに。
「オグウェルト様」
なんだかちゃんと笑えた。笑顔を作れた。少しだけぎこちないかもしれないけれど、オグウェルト様にはそんな難しい顔をしないで欲しかったから。わたしが大丈夫と言えば、彼の重みが少し減るのならいくらでもそう言いたかった。
「わたし、大丈夫です。確かに急でしたから、少し気持ちの整理が追いついていなかったようで、申し訳ありません。なんだかオグウェルト様に聞いていただいたら、整理がつきました」
オグウェルト様は難しい顔をしたまま顔を上げた。すっと視線が絡んで、わたしは更に深く笑顔を刻む。これが今の私にできることだ。
ただそんなわたしの気持ちをよそに、オグウェルト様はわたしの表情を見るともっと難しい顔をになった。額に手を当てて、悩ましげな姿に見えた。
「言わせていないか」
「いえ、まったく」
間髪を入れずに答えると、オグウェルト様はその姿勢のまま呻くような声を出してから、「そうか…」と弱々しく呟いた。
相変わらず肩にかかったカーディガンからは泣きたくなるくらい良い香りがして、カモミールティーの香りと混ざりあって、なんだか今ここが、世界でいちばん幸せな空間なように思えた。
だけど。
あまり長居してもいけないな、とオグウェルト様を見て思った。はしたなくないように注意しながら可能な限り早くカモミールティーを飲んだ。出来るならばもう少し味わって飲みたかったから、それだけは少し、残念だった。




