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4 わたしとわたしの役目

成婚の儀の準備と同時並行で、引越し準備もしなくてはいけなかった。結婚したら、わたしはこの屋敷を出ていかねばならないからだ。


暖かくて居心地の良い屋敷を出るのは、純粋に寂しいことだった。オグウェルト邸は広さに比べて働く侍従たちの数こそ少なかったが、その誰もがわたしを優しく迎えてくれた人達だった。少数精鋭の、オグウェルト様が信頼する人々なのだと思う。

その中でもやはり、ずっと私のそばにいてくれたハナには感謝してもしきれない。


「ハナ、引越し先はどのあたりなのか知っている?」


お相手は聞いても対策できないし知らずともなんとかなるが、引越し先の大体の場所は知らないと困るな、と準備をしながら気がついた。この国の国土は広い。寒い地域か、暑い地域か。とりあえずまず何を用意すれば良いのかが変わってくるからだ。


「はい、ここからそう遠くないとは聞いておりますが…」


ハナも詳しくはもちろん知らないのだろう。ただ、成婚の儀や引越しの準備で実務的にも動いてくれているため、わたしより細かい情報を持っている。ただ身の回りの世話をしてくれるだけではない、有能な侍女なのだ。


「遠くない…将来的には、ボワソン領の管理もなんとかやれるくらいだと良いけど」


王城近くのウームウェル領であるここから、もっと郊外に出たところにボワソン領はある。わたしはボワソン家当主(仮)だが、おそらくボワソン領に定住することにはならないだろう。しかし、結婚してもファミリーネームは変わらないし、わたしはボワソン家当主(仮)なことも変わらないのだそうだ。

確かに、結婚で色々変わってしまったら、女子が跡を継げる制度は成り立たない。


わたしの、会ったことも無い祖父である前ボワソン当主が住んでいた屋敷では、未だに祖父の信頼する臣下達がボワソン領を守っていると聞いている。

実務的にはボワソン家当主(仮)よりも、手練れの臣下たちの方がよっぽど能力がある。だからこそ、わたしはこうしてハリボテとして居られるし、ボワソン領を離れてウームウェル家の保護下に置かれているのだ。


普通に考えたら、そんな有能な人達がハリボテ当主を快く思うわけがない。そう思っていたのだが、オグウェルト様から情報を聞く限り、その人達はわたしと会えることを楽しみにしているという。祖父の遺言一言だけで当主にとされた孫娘を受け入れられるだけの信頼が、祖父と臣下たちにはあるのだという。

それが本当だとしたら、中々結束力のある良い家だなと思ったし、祖父にも少し興味が湧いた。思ったところで、今更会うことは叶わないが。


成婚の儀で、わたしの側に参列することとなっているのは、主にボワソン家の臣下の家の者たちらしかった。誰もいないよりもありがたいが、どんな人達かは分からない。成婚の儀を執り行うまでに会うことはできないだろう。普通は貴族同士の結婚はもっときちんと準備するものだ。この2週間という異例の準備期間のなさはおそらく、わたしの力のなさに準じるものなのだと思う。


「レア様は本当はこんな準備などせず良いのですよ、わたくしがお引き受けいたしますのに」


忙しい中でもハナはそんな顔を見せずにくるくるとよく働いてくれている。レア様は何もしないでくださいと何度も言われているが、根っこから庶民であるわたしにはどうしても、誰かに自分自身のことをやらせて自分は休むということができなかった。敬語を抜くのだって1年はかかったのだ。


「良いの、やりたいの。ありがとう、ハナ」


こうしてハナといられるのも、あと1週間ほどになる。ハナはわたしについてくれているが、ボワソン家の侍女ではない。オグウェルト様の侍女だから、わたしが結婚したら、ハナにはもう頼れなくなるのだ。

お礼を言われたハナは笑顔で「とんでもございません」と言って、わたしにとオグウェルト様が用意してくださるじわじわと増えてきていたお出かけ用のドレスを選別しはじめた。来た当初は身一つだったのに、本当に色々な物をオグウェルト様からは頂いたのだった。堅苦しいドレスを着るのは未だに苦手だが。



しばらくハナとふたりで片付けを進めると、そろそろ夕食という時間だった。

集中していたので少し疲れて、少し寂しさもあり、ふうとため息をついた。

わたしより働いていたのに疲れをおくびにも出さなかったハナだが、ため息をついたわたしに気づくと「お加減がよろしくないのですか?」と駆け寄ってきて、可愛らしい顔が曇る。わたしは慌てて笑顔を作るが、ハナは表情を変えなかった。


「ちょっと疲れただけ、大丈夫、ごめんなさい」

ハナの方が疲れているはずなのに、こんな心配をさせてどうするのだ、とため息をついたことを後悔した。


ハナの青い瞳が真剣にじっとわたしを見つめていた。かわいい。わたしもこれくらい可愛かったら、オグウェルト様にドレスを見られても恥ずかしくなかったかもしれない。


「レア様…」

可愛い子に見つめられるとドキドキする。わたしが当主(男)なら、ハナをお嫁さんにしたいなと思った。ハナはどんどん深刻そうな顔になって、言いにくそうにわたしに尋ねた。


「あの、やはり、……ご結婚はお嫌でしょうか…?」


ハナがそんなに踏み込んだことを聞いてくることは今までなかった。かなり心配させてしまったのだと感じた。わたしは小刻みに首を横に降って見せる。


「そんなことないの、それがわたしの役目なのでしょうし、言っても仕方のない事だから」


フォローしたつもりがハナの眉間には皺がよる。怒ってる…?と一瞬思ったが、どうやらハナはぐっと、何らかの感情を抑えているらしかった。怒りとも言いきれない何か。ただ、ハナは何も言わずにぐっとこらえてから、キュッと目を1度つぶって、すぐに控えめな表情に戻した。


「…取り乱してしまいました、申し訳ありません。…お食事の用意の手伝いをして参りますね」


なにか、たぶん失敗したんだな、ということは分かったが、ハナがどんな気持ちだったのか、何を言いたかったのかは考えても分からなかった。

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