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3 わたしとドレス


「レア様、ドレスは白で露出の少ないものをとのことですので、このあたりから選ばれると良いかと思いますが…」


オグウェルト様の屋敷の広い応接室には、わたしとハナ、そしてドレスの裁縫職人とそのアシスタントがいた。

成婚の儀のことを知らされてから数日、成婚の儀までにやらなければならないことを一つずつこなす日々となっていた。


とは言っても、儀式として重要な部分の知識はわたしには全くない。そのため、わたししかできないこと以外は、殆どのことをオグウェルト様が調整してくださるとのことだった。


後見人というだけで、大変な仕事を押し付けられているオグウェルト様もかわいそうだななんて思いつつ、示されたドレスを吟味する。ドレス選びは数少ないわたしができることのひとつだった。

本来はウエディングドレスは一からオーダーメイドで仕立てることが多いらしかったが、今回は時間がないため既製品から選ぶことになっていた。わたしにとってもオーダーメイドよりかは気が重くなくて良い。


「どれも良い生地に見えるけど…」


正直、貴族界のファッションセンスは持ち合わせていない。わたしが見たところで全て質が良く見えるし、高価なものであることには間違いがない。何を基準で選べばよいのか、正直分からなかった。

そのわたしのつぶやきを、職人は褒め言葉だととらえたようだった。


「もちろんでございます、侯爵様のご成婚ですから。お相手は国の重鎮で申し分ないと。そして仲を取り持ったのは陛下であられるとか。最高級のものをご用意しております」


そうなのだ、なぜかこの結婚には、国王陛下が絡んでいるらしかった。

私はお相手を知らないので、そのお相手との仲もなにもあったものではないのだが、これは国王陛下に認められた結婚という筋書きで進んでいるらしい。

わたしの生い立ちも、どうやら世間では現実と異なって伝わって部分があるらしく、悲劇の同情すべき貴族として扱われることがこれまでにも何度かあった。おそらく政治的な観点からうまくことが運ぶように、表面上はそういう風に見せようとする力が働いているのだろう。そのままにしておいた方が良いのだろうと黙っていることにしている。



お相手は誰でも構わなかった。別に、わたしの想いはどう転んだって実らないことは間違いない。思いを寄せている当人から結婚をするようにと宣告されたのだから。


ボワソン家に力のない今、ボワソン家当主(仮)であるわたしであっても、後ろ盾で力のあるウームウェル家からの命令には逆らえない。そして、ウームウェルを介してはいるが、その命令の発端は国王陛下だというのだから、そこに何かしら思惑がないわけがない。

国王陛下の命令に反発したって意味がないし、今更相手を知ったところで何も変わらない。わたしは名前だけのはりぼての跡取り娘なのだから。


だから、わざわざ相手を聞くことはしなかった。きっと必要なことなら最初にオグウェルト様は伝えてきたはずだ。貴族の間の婚約者同士は、小さいころから婚約していても結婚して初めて会うこともあると聞いたこともあるし、たぶん、そんなものなのだろう。



「ハナ、どれが良いと思う?」


とりあえず困った時のハナである。ハナは綺麗なドレスを見ていつもより少しはしゃいでいるような雰囲気でわたしのそばに控えていた。やはりそこは妙齢女子だ。ハナもきっとすぐに嫁ぐ日が来るのだろうし。なんなら華やかな顔立ちのハナの方が似合うだろう。


「そうですね…どれもレア様にはお似合いになりそうですが…とりあえず、試されてみてはいかがですか?」


そう言ったハナの瞳がぎらりと輝いたと思えば、わたしが是という前にあれよあれよと試着することとなっていた。結局5着ほど脱いだり着たりの着せ替えをさせられ、ハナと職人がそのたびにあーだこーだと言うのを、わたしは口を出さずに着せ替え人形に徹していたのだった。


大きな姿見が置かれた前に立たされて、自分が嫌でも目に入る。

令嬢の間での流行りなのか、リボンやレースをふんだんに使ったドレスが多い。確かに華やかで可愛いが、わたしの平凡な顔とスタイルではどうもドレスに負けている。ハナが6着目を見繕い終わり、「次はこちらはいかがですか!」とわたしに着せようと目を輝かせている時、応接室の扉がノックされた。続けてすぐに低めの響く声が聞こえた。


「レア、ボワソンの方の出席者についてだが…」


応答する前に入って来られるのはこの家の家主しかいない。いや、いつもはきちんと返事を待つ人だが、最近忙しいのか、少し様子が違うように感じられることがあった。おそらく成婚の儀の準備で仕事が増えているせいだろう。ただでさえ有能で、国のために働いている人なのだ。


この屋敷はウームウェル当主の屋敷とは別で、ウームウェル管轄領でも王城のかなり近くに建てられているオグウェルト様の屋敷である。つまり、オグウェルト様がいらしたのだった。


突然の来訪にハナは6着目のドレスを持ったまま、あわててオグウェルト様を出迎えた。職人は屋敷の主の登場に一礼する。私は5着目のドレスを着たままオグウェルト様を迎える形になった。腰に大きなリボンのついた、すその長い華美なドレス。似合わない。



「…悪かった、取り込み中だったな」


手元の資料から視線を挙げたオグウェルト様は遠巻きにわたしを見てすぐに、普段はあまり好まないドレスをまとってげっそりしているわたしに気づいた。そして、少しバツの悪そうな表情を浮かべた。普段表情があまり動かない人なのに、今はそれがしっかりと感じらる。


ああ、似合わないですもんね。すみません。

お慕いしている人にそういう反応をされると少し傷つきますが、と思いながら、似合わないのは事実で仕方がない。こんなわたしでも、好きな人には可愛いと思われたいのだ。



「いえ、…特にこちらでご招待したい方はいらっしゃいませんが…」


「ああ、適当なところをこちらで候補にした。あとで確認しておいてくれ」



そう言ってオグウェルト様は手に持っていた資料をハナに渡そうとした。「お預かりいたします」とハナが受け取ろうとすると、6着目のドレスがハナの両手をふさいでいて、ハナはまた少し慌てた。それに気づいた職人がドレスを受け取ろうとした気配があったが、オグウェルト様に近づいて良いものかと迷ったようですぐには身動きを取れずにいた。

オグウェルト様ならいつもはハナがあわてるようなことはさせないのに、と思いつつハナからドレスを受け取ろうとわたしはハナへ一歩踏み出す。


だが、同時にオグウェルト様はハナの様子に気づいて、ハナの手元からドレスをするりと受け取り、変わりにハナの手に資料を乗せた。

繊細なドレスの生地は、しっかりした体格のオグウェルト様が持つとなんだかちぐはぐに見えた。ちょっと面白い絵だ。


気を遣われたハナは恐縮していたが、オグウェルト様は特に気にしていないようだった。もともとそういう人だ。強い力を持っているが、それを笠に着ることはない。相手のことをきちんと捉えられるから、決して言葉数は多くないのに、スマートにコミュニケーションもとれる。



「…好みのものはあったか」


オグウェルト様は手元のドレスを眺めながら、彼にしては小さな声でそう言った。独り言ではなさそうだったので、わたしは「ああ、まあ、」と歯切れの悪い返事をする。すると、オグウェルト様は苦笑いしながらちらりとわたしをみて、今度はずらりと並んだドレスを見やった。


「君はシンプルな方が似合うだろう。…レースの繊細なものを。ボリュームは少ない方が良いな」


後半は職人に向けての言葉だった。職人は「かしこまりました」と受けて、すぐに並んだドレスの中からいくつか見繕い、わたしではなくオグウェルト様に並べてそれを見せる。

オグウェルト様はやや間をとってから、その中の一つを指して「これを」と一言職人へ伝えた。6着目になる予定だったオグウェルト様の持っていたドレスはすぐに職人に回収された。


当事者なのに入る隙のないやりとりだった。オグウェルト様の選んだドレスは華美すぎないが丁寧な作りで繊細さを持ち、楚々とした印象も与えるものだった。


センス良いな、さすが、モテるんだろうな、と頭の片隅で考えていると、「必要な時は呼びなさい」とわたしを見てオグウェルト様が言った。

「はい、ありがとうございます」ととりあえず支障のないようにと微笑みながら伝えると、オグウェルト様はなぜか一瞬間をあけてから、「邪魔したな」と言って応接室を出て行ったのだった。



その後、ハナは嬉しそうにしながら「そちらをすぐにお召しになってみましょう!」と、オグウェルト様チョイスのドレスをわたしに着せ始めた。


内心、嬉しくないわけがなかった。オグウェルト様がわたしにと選んでくださったドレス。似合うかどうかは別として、フリフリのドレスよりは着る抵抗も少なかったし、「せっかくオグウェルト様が決めてくださったものだし」となんともない表情を作りながら、わたしは成婚の儀でそのドレスを着ることに決めたのだった。

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