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7 彼女の夫となる日に誓う

私はついに成婚の儀当日を迎えた。


レアがまだ寝ている時間に屋敷を出て王城へ向かい、儀式と任命式の最終確認を昼前までした。それぞれの式で仕事をしてくれる予定の者達と詳細を共有し、やっと事前の準備は終わったと言える段階になった。少しほっとして、長く息を吐いた。


それから陛下にご挨拶をと思い陛下の執務室に顔を出すと、陛下はそこに居なかった。聞けば謁見等の予定は今の時間はないが執務室には来ていないとのことで、私室かとあたりをつけて顔を出す。執務室ではなくやはりそちらにいらして、しかも見たところ1人だった。また役人たちを下げているのだろうと頭を抱えつつも、今日は私が言うことはないかと思い直す。


陛下は開口一番、「気合い入ってるねえ」とニヤニヤとしながらからかう雰囲気だ。反応すると余計に遊ばれることはもうかなり前から学習しているので、今日は反応せずに勝手に話を進めた。



「陛下、この度はご承認いただきありがとうございます」


頭を下げると、「無事夫婦になれそうだね」と苦笑しているのが聞こえた。「はい、お陰様で」と返すと、続けて「レアのドレス、私も見てみたかったな」と私の反応を引き出したいかのように言う。だが、それも聞かなかったことにする。


陛下にはウームウェル家とボワソン家の婚姻を承認した者として証明書にサインをしていただいた。だが、陛下は事前にサインするだけで儀式に出席することはない。


「なんか今日は余裕そうだけど?」


陛下は面白くなさそうな顔だ。


「改まっているだけです」


陛下は「そうかなあ」と訝しげに私を見る。陛下のこういう表情は実は珍しい。表情を作ってコミュニケーションをとるのは抜群に上手い人だが、自分の感情を表に出す人ではないし、こうして気安く関わるのは特定の数人にだけだった。

その中でも私は心を許されている人間だと思う。からかうなんてこと、私以外の人間には絶対にしないだろう。



ふと陛下のその表情が変わる。「オグウェルト」と名前を呼ばれた時には、今度は陛下は笑っていた。


「結婚おめでとう。お前が幸せだと思う道が正しい道だと思うよ」


突然言われたその言葉は、陛下からの最大の祝福の言葉だと思った。おそらく色々見透かされているが、その上での祝福だった。兄のような顔をした陛下に、素直に感謝と嬉しさが浮かぶ。


「陛下、私はこれからもあなたに忠誠を」


片膝をついて最も深い礼をとる。陛下に応えたかった。陛下は少し笑ってから「ほらそろそろ行かないと遅れる、行ってらっしゃい」と送り出してくださった。



教会につくと、私はフロックコートに着替えた。レアは白いドレスを着ているはずだが、私はシルバーグレーのフロックコートにネイビーのベストを選んだ。

結局、レアは私の選んだドレスをあの後着てくれたのだろうか。そして果たして、今日はどんなドレスを纏っているのだろうか。不安と期待が入り混じる。


式の前にレアに会いたいと思ったが、「新婦の控え室は男子禁制です」と宮女にたしなめられて、儀式の前にレアに会うことは叶わなかった。

この儀式のために着飾ったレアのことを考えると落ち着かない気持ちになった。試着でも見惚れたのだ。気持ちの準備をしておかないと儀式でヘマをしそうだと、今のうちに一度深呼吸をした。


私のために着飾っているわけではないと分かっているだろう、と頭の中で自身にくぎを刺すと、存外それは大きく傷をえぐってきて落ち込みそうになったが、いやレアとは今から関係を作っていくのだからとすぐに気持ちを立て直した。


私のことを今好きでなくても良い。きちんとそう思えるようになったと思う。だからこそこれからの時間を大切にしていきたい。今日の日がつつがなく終わったら、彼女が大切だときちんと伝えようと自分に誓う。




そして、ついに式が始まる時がきた。


私は先に礼拝堂に入場し、レッドカーペットの上でレアを待っていた。


参列者はできる限りウームウェルと友好関係にある陛下派の家を呼び、今後ボワソンにも力を貸してくれそうな家も選んだ。

教会を見渡すと、新たなボワソン当主はどんな人なのかと、会場全体が新婦入場を待っているようだった。これまでレアを公式の場でお披露目したことはない。皆が興味を持つのも当然であろうと思われた。


レッドカーペットの上で、扉を見つめる。実際にはどれくらいの時間が経ったのか、おそらくそれほど長くはないのだろうが、私にとっては長い長い時間に感じた。その扉が一生開かないのではないかと不安が頭をかすめるくらいには長く、その間に緊張が高まる。


私はこれから、レアと夫婦になる。



「新婦入場」の合図とともに、その開きそうになかった扉は開かれた。重たそうな扉の向こうには、レアがいた。顔はよく見えなかったが、ボワソン侯爵家の右腕であるダミアンがレアのベールを下ろす。


コツンコツンと足音を響かせながらゆっくりと入場してきたレアは、私が選んだドレスを着ていた。ぐっと何かが腹の奥で震えた。ダミアンのエスコートに従って、彼女は私に向かって少しずつ近づいてくる。


一時も目を離さずにレアのことを見ていた。これからはこうして、レアのことを見つめても誰からもおかしいとは言われない立場になる。


しかし、それ程までに見つめていたのに、レアは1度もこちらを見ない。私の元にたどり着いてダミアンのエスコートが終わっても目は合わないままだった。それどころか、ダミアンに礼をしたレアはそのままの姿勢で顔を上げようとすらしない。


私を見てくれ。


そう思って、彼女の名前を呼んだ。

レアは一瞬びくりと体を震わせてからゆっくりと視線を上げる。そして直後、私と視線が絡まると何故か目を見開いた。もしかして緊張しているのか?と思って、少し微笑むようにするが、あまり効果はなかったようだった。少し悔しい。

だが、レアには悪いと思いながらも、私を見つめて固まる彼女は可愛く見えた。



仮にも儀式中なので、予定にないことはできないが、これくらいは許されるだろうかとレアに顔を寄せて「君がそんなに緊張しているのは初めて見たな」と言ってみる。

レアはそれを聞いて固まったまま、少し恥ずかしそうに眉を下げた。私の言葉でそんな可愛い顔をするのかと思うと、気分は悪くなかった。



私は少し落ち着いた気分になって、ここからは堅苦しい儀式だと気持ちを切り替える。前を向くとレアも私に習って前を向いた。


神父から指示されるとおりに儀式は滞りなく進んだ。誓いの言葉を繰り返すレアの声はいつもよりも震えているようにも聞こえたが、それはおそらく緊張からで、この婚姻が嫌だからというわけではなさそうだと感じられて密かに安堵した。



「それでは指輪の交換を」


神父がそう言って、私はレアと向かい合う。リングピローに並んだ小さい方の指輪を私はそっと手にとる。その円の小ささに、彼女の指はこんなに細いのかと妙な感覚になる。触れたことのない彼女の指はこんなに…。

いや、指だけではない。これまで、彼女には指一本も触れたことはなかった。


そんな邪なことを考えているのが伝わったのか、レアはなかなか指輪を嵌めるための手を出さない。


「レア、手を」


私がそう言うと、レアはどちらの手かと一瞬迷ったようだった。いつもは凛々しくて大人びて見える娘だが、緊張していると存外幼く見えた。確かにまだ成人して少ししかしていない19歳である。そんな所も可愛いと思いつつ、レアの左手をとる。


白い肌が白いグローブで肘まで隠されていて、それをこれ以上ないくらい丁寧に脱がしていく。私のその行動で、少しずつ、スルスルと白い肌が晒されていく。

すべてグローブを取り去って、私はレアの前に跪く。


しかし、その拍子にレアは手を引っ込めかけた。逃がすか、と思った。反射的に、先程までは傷つけないようにと触れないでいたのに、力を込めた私の手のひらで、彼女の手のひらを捕まえてしまった。



「逃げないでくれ」



伝えるつもりはなかったが、気づいたらそう零れていた。それを聞いたレアは、やっと私の目を見る。

落ち着かなければとひとつ息を吐いた。焦がれ果てた人が目の前にいるとは、こんな気持ちになるものなのか。



そこからは冷静に、けれど彼女を逃がすまいと指輪を左手の薬指に通した。これは彼女が私の妻である証である。彼女にとっては鎖にもなり得るが、そう思わせないようにしていくのだと気持ちを改める。


今度はレアが同じように、私の指に嵌る指輪を手に取る。儀式に不似合いなくらいの勢いで、私はレアに左手を差し出した。

そこからはレアもゆっくりではあったが止まらずに流れをこなした。ただ、指輪を嵌める際に私に触れた彼女の手が震えていた。それでももう私から逃げることはしない彼女に安堵した。

レアが嵌めた指輪がこの左手にあるのを見ると、喜びが湧き出るのを感じた。



私は1歩レアに近づいてから、彼女の腰に手を持っていきぐっと力を込めて私の近くへと導いた。初めて触れた腰は、想像以上に細かった。


神父が「最後に、誓いのキスを」と言う。


レアに、キスをしたい。

そういう気持ちと、政略結婚で気持ちが通じていないのに本当にしてしまうのはレアは嫌なのではないかという気持ちが頭の中をかすめて葛藤した。


レアうつむいていて、どんな顔をしているのかは分からなかった。彼女の腰に添えた手に、また力をこめる。するとレアは顔を上げて、私を見た。


レアが逃げたら、キスは額にしようと思った。

視線を合わせながらも固まるレアの顔に、壊さないようにとまたこれ以上ないくらいそっと手を添える。大切にしたい。レアは頬を紅潮させて潤んだ瞳で私を見ていて、そんな顔をされたら勘違いしそうになるだろうと憤りのような感情すら浮かんだ。


このままではレアは固まったままで逃げることすらできずに、なされるがまま私に唇を奪われることになってしまう。顔を近づけながら、最後の逃げる機会を作ろうと思った。



「君は目を開けながらキスするのか」


これで目を逸らしたらキスは額に。そう思っての言葉だった。けれど、レアは顔を更に赤く染めてから、すぐに目をぎゅっと瞑った。


もう止められなかった。もう逃げる機会はやらない。いや、やれなかった。

私は彼女の赤い唇にゆっくり、けれど逃がさないようにとキスをした。

儀式中とは分かっていたが、彼女のことを食べてしまいたいような気持ちが浮かぶ。まずいと思う自分と少しならと思う自分がいたが、触れた唇の柔らかさは麻薬であるかのように私の思考を奪い、気づいたら彼女の下唇を1度食んでいた。ただ理性もきちんと残っていたようで、これ以上はまずいかとそこまでで唇を離したのだった。



唇同士が離れたあとも向き合ったまま、レアはしばし目を瞑っていた。やはり嫌だったか、まずかったかと少し焦っていると、急にぱちりと目を開けたレアはまっすぐに私を見つめた。その顔は紅潮していたが、私を拒否している訳ではなさそうで、私は思わず笑みがこぼれた。



入場は別々だったが、礼拝堂からの退場は2人揃ってした。そのことが夫婦となったのだと感じさせてくれた。


今日はまだ任命式も陛下への謁見もあって長丁場となる。レアも慣れないことだらけだろう。ただ、これからはずっとレアの隣には私が、私の隣にはレアがいるのだ。


それは、なんと幸せなことか。



これは政略結婚である。彼女が私を好きでなくても構わない。

だが、これからふたりで歩んでいく。その中でお互いにとって唯一の存在になっていけたら良いのだ。


今日が終わったらレアとの時間をきちんと作ろう。改めてそう考えてから、次の予定のために頭を切り替える。


切り替えてもどこか漂う幸せに、今の私は陛下にからかわれてもやり返せるのではなんて恐れ多い考えも浮かんだ。しかしそれに自分で気づいて、やはり浮かれ過ぎているのは間違いないと自分に苦笑いしたのだった。

遂に完結です……!

ここまでの長らくのお付き合い、本当に本当に感謝しかありません。読んでくださったみなさま、ブックマークや評価をくださったみなさま、本当にありがとうございました。


オグウェルト視点はただただわたしの趣味が入りまくった話になりましたが、書いていてとても楽しかったです。オグウェルトには頑張ってほしい。



そして同時に、この物語に出てくる国王陛下を取り上げた連載を始めました。


読んでくださったみなさまにはお分かりの通り強かでやっかいな陛下ですが、その彼が訳アリの辺境伯令嬢を外堀から埋めていって囲い込むお話です。ふたりが腹をさぐり合う攻防戦を繰り広げる予定ですが、こちらの2人は大人なので跡取り娘よりも糖度は高いと思います。たぶん。


もしご興味がありましたら、作者ページより足を運んでいただけると嬉しいです。

それでは、またどこかでお会い出来ましたら幸いです。

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