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6 彼女の強さがもたらしたもの

私は謁見が終わるであろう頃を見計らって仕事を中断し、一般訪問者向けの出入口の近くでレアを待った。思っていたよりも長い時間レアは現れず、内心落ち着かないまま時計を確認する。人を待つという行為はあまり今までしてこなかったかもしれない。そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。


そちらに顔を向けると、そこに立っていたのは驚いた顔のレアだった。思わず名前を呼んだ。改めてきちんと顔を見て、ひとまず陛下に泣かされてはいないようだと安心する。


レアに早足で寄ってから「終わったか」と声をかけると、私の落ち着きのなさとは対照的に、レアは凛として返事をくれる。


「はい、先程謁見を終えました。あの、オグウェルト様はこちらで何を?」


同席できなかったから気になったと言おうとして、陛下に部屋を追い出されたことが思い出される。なんとも面白くない気分になる。


「本当は今日は同席しようと思っていたのに、直前で陛下に嵌められて叶わなくてな。そろそろ終わる頃かと君を待っていたところだ」


同席する意思はあったのだとレアに伝えると、レアは一瞬間をあけてから「わざわざ申し訳ありません、1人でも大丈夫でした」と報告する風であった。



「...何を聞かれた?」


聞かないでおこうかとも思ったが、報告してくれそうな雰囲気を感じて尋ねてみる。レアは「そうですね...」と少し考え込んでから言葉を続けた。


「特段困るようなことはありませんでした。ただ、国王陛下がわたしの母のことをご存知で驚きましたが」


どうやら私に関すること以外でも陛下は話したいことがあったらしい。それで同席してくれるなと言ったのか。少し気持ちが収まって頷く。


「君の母君の話もしたのか。面識はあったようだからな」


「そうなのですね」とレアは納得したように頷いていた。


「母君のこと、陛下は何か言っていたか」と私は続けて尋ねた。

レアの母親の方が陛下よりも5歳ほど年上だったそうだが、幼少期に遊んでもらっていた時期があったと陛下から聞いたことがあった。陛下は彼女の母親の話のどこまでを伝えて、どうするつもりだったのかが気になった。


すると、レアはやや顔を曇らせて考えながらという風にゆっくり返事をする。


「いえ、陛下のお考えにわたしがついていけなかったようには思うのですが、わたしが母上に似ているとか、似ていないとか。そのような話で...」


レアの表情とその内容を聞いてピンとくる。陛下は単純にレアの母君の話をしたわけではなさそうだった。陛下のことだ、何かを探ったのだろうと分かる。ただ、それは今の時点ではよく分かっていなさそうなレアには伝えないほうが良いと判断する。


「それはまた分かりにくいことだな」


少し同情するようにと言うと、レアは神妙な顔で頷く。おそらく何かあったのだろう。


「陛下は難解な物言いがお好きでな。私は流れが分かればなんとなくの意味は理解できるはずだ、今度聞かせてくれ」


レアのためのような物言いだが、私が気になるからという理由も大きかった。おそらく、真相は陛下に尋ねたところで教えてもらえないだろう。


レアは「はい」と頷いた。レアの私に対しての態度も普段と変わりないように見える。おそらくレアは大丈夫だろうと思って意識を周りに向けると、ギャラリーが増えていた。ここで話すのはここまでかと話を切り上げる。


ただ、今度きちんとレアと話がしたいと思った。向き合いたいと、心から。


レアは謁見が初めてだった。初めてだったにも関わらず、それを自分だけの力で乗り越える。そして、こうして覚悟を持ったまま私と接してくれているのだ。

想像してみれば、レアはこの3年間、おそらく私の想像もつかないような戸惑いや不安に襲われたに違いないのだ。慣れない場所、慣れない人。それどころではない。常識や作法や、何もかもが違う環境にいきなり放り込まれて。


そんなレアは、こうしていきなりの私との婚姻も、この3年間を乗り超えたのと同様に受け入れてくれたのではないか。


揺らいでいるのは私だけだった。彼女のことを好ましく思うからこそ、彼女の未来を決めてしまった罪悪感に浸って、焦っていたのは私の方だ。


だが、それではいけない。決めたのは私ではないか。

そしてその時、決めたからにはできうる限りのことをして、レアを守りたいと思ったのだ。その気持ちに嘘はなかった。


切り替えねばならない。凛々しいレアを見て、そう思った。情けなくて狡い大人だが、私はレアと一緒になるのだ。その中でレアが笑っていられるようにするのが私の役目だろうと思った。



そして、具体的な話もしなければならない。

公爵位の継承についてを被後見人の立場にあるレアに今伝えることはできないが、婚姻を結べば彼女も即座に当事者である。それに、今回の婚姻を彼女が受け入れてくれたとしても、まだ言葉ではこの婚姻の意味を伝えられていない。


周りに聞こえないようにと、私は口をレアの耳元に寄せる。彼女からふわりと良い香りがして、思わず少しだけ口角が上がる。ロズリーヌに見られていたら罵られていたかもしれない。



「レア、その陛下の件も含めて、落ち着いたら話したいことがある。その時は時間を作ってくれるか」


やや間があって、レアは首を縦に降った。やはり自分は狡いなと思いながらも素直に嬉しい気持ちもあって、レアに「ありがとう」と伝えた。

別に彼女が私を好きでなくても良い。少なくとも今は。これから共に歩く道の中で、レアと私の関係を作って行けたら。


今はそういう風に折り合いをつけようと私は心に決めて、それからは式までの仕事に専念することにした。



*****



専念したとはいえ、そこからは怒涛の日々だった。ほとんど家にも帰れず、帰れてもレアの顔を満足にも見られない。鬱憤はたまったが、3日間の忙しさと期限が決まっていればなんとか耐えることはできた。


新しい屋敷の準備は任命式が決まった時点で動き始めていたためそこまで予定がずれ込んでいるわけではなかったが、当初は予定になかったレアの部屋を準備したこともあり、そこだけ仕上げがギリギリになっていた。被後見人のレアには詳しい場所をまだ明かせなかったため、新しい屋敷の間取りなどを確認してもらうこともできなかった。


新しい屋敷に何か必要なものはあるかと思い、屋敷に帰った際に一瞬会えたレアに尋ねたが、特にはないような反応だった。そのため、レアの部屋に関しては今の部屋と同じようなものを取りそろえた。唯一の違いは、その部屋が私の部屋の隣にあって、部屋内の扉を使って直接お互いの部屋を行き来できるようになっていることくらいだろうか。


私が現地へ直接出向いて最終確認をした際に、そういう仕様であることに気づいて度肝を抜かれた。


実はその前、レアとの婚姻が決まった後に、私の私室を主寝室として夫婦の部屋にされそうになった時には、「それぞれの寝室を作ってくれ」と要望を出した。その後は見取り図を見ると要望通りに部屋が分けられたため気にせずにいたが、「隣り合った夫婦の寝室」は一般的にそういう仕様の部屋が多いことを失念していた。


もしかしたらレアは嫌がるかもしれないとも思ったが、今さら大規模な変更は難しい。とりあえずはレアが用のある時以外は彼女の部屋側で鍵をかけてもらうようにしようと心に決めた。



成婚の儀の調整は佳境だった。主要な貴族へは1か月ほど前に今回の婚姻の件を通達したが、その一部の家から儀式に招かれなかったことへの不満があがったり、ウームウェルとボワソンの婚姻は不公平であると直接的に批判をする家もあったりと、様々なことが起きていた。

陛下から各家への通達であったためそこまで大きな事件には発展しなかったが、それでも私に対しての攻撃がないわけではなかった。式直前になりそのあたりの処理をするのにも手間取った。


それに加えて、レアとの謁見の後から陛下はなにかとニヤニヤとしながらこまごまとした書類仕事を押しつけてきた。嫌がらせかと思い「忙しいこの期間になんですか」とやや怒りをにじませながら尋ねると、「良いでしょ、結婚した後で忙しいよりも」と言われてぐっと堪える。


確実にからかわれている物言いではあったが、今忙しい方が確かにましである。儀式が終わったらレアとの時間をきちんととりたい。


「言質はとりましたからね」と陛下を睨みつつ、こうして儀式まで私は仕事に明け暮れた。

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