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3 彼女の内にあるものは

レアに婚姻について伝えてから数日が経ち、私の周りはにわかに忙しくなってきていた。そもそもの陛下の側近としての書類仕事に加えて、成婚の儀の準備をし、成婚の儀のすぐ後に行う公爵位の任命式の準備も佳境に入ってきていた。ここ数か月準備はしてきていたがやはり直前になると立て込む。

予想はしていたことだったし、仕事ができないわけではないと自分でも思っている。仕事に関しては陛下からも買われているとは思うが、徐々に頭の容量が足りなくなっていることを実感していた。


その日は午後に一度家に戻りウームウェルが過去に主催した夜会等の資料を照らし合わせながら、成婚の儀と任命式の出席者の最終確認をしていた。もうすでに招待状は出していたし、主要な人たちへは挨拶周りも終えていた。漏れがないかの確認をしてから、ボワソン側の出席者は私が決めていたが、一応レアにも把握しておいてもらう必要があるだろう。そう思って、書類を片手に書斎を出た。



レアの私室を訪ねると中には誰もいなかった。私の執務室近くで仕事をしていたマチアスを捕まえて聞くと「レア様は応接室で成婚の儀の準備中でございます」とのことだった。


「誰か客人と会っているのか?」と尋ねると「いえ、準備のための職人ですので行かれても問題ないかと」と言われた。時間があれば後でとしたが、この後また王城に戻る予定があったためそのまま応接室へと向かった。


列席者はレア側の方がやや少なくなってしまったが、レアとしてはそれでも良いだろうか。


ノックをして、扉を開ける。

「レア、ボワソンの方の参加者についてだが…」


そう言ってから、手元の資料に気を取られて返事を待たずに扉を開いてしまったことに気づいた。そして、すぐに目に飛び込んできたレアの姿に目を見開く。


そこには真っ白なドレスを着ているレアが、こちらを振り向いて立っていた。


レアが着ているのは腰にリボンがついた可愛らしいドレスだった。

彼女は日ごろからあまりかしこまったドレスを好まないらしかった。必要に応じてハナに見繕わせて買い与えたドレスもあまり着ている姿は見たことがない。普段は貴族はあまり着ないような動きやすいワンピースを着ていることが多かった。

ドレスを身にまとったレアの姿は貴重だった。特に、私にとっては。


可愛い。


まず脳裏に浮かんだ言葉はそれだった。ぐっと胸の奥から何かが湧き上がってくる感覚がして、思わずしばらく眺めてしまった。

ただ、同時にいつもよりもげっそりとしているレアの様子にも気づいた。着なれないドレスを着たからかと思ったが、もしかしたら華美すぎるドレスはレアの好みでないのかもしれないとも直感的に思った。


「…悪かった、取り込み中だったな」

見とれていたことを誤魔化すように呟く。好きでもない男に見つめられても嬉しくもなんともないだろう。バツが悪い。おそらく表情もとりつくろえていないのではないだろうかと思うと、更にバツが悪く感じる。


「いえ、…特にこちらでご招待したい方はいらっしゃいませんが…」


レアは律儀に返事をしてくれる。


「ああ、適当なところをこちらで候補にした。あとで確認しておいてくれ」


そそくさと手に持っていた資料をハナに渡そうとした。ハナは「お預かりいたします」とこちらへ手をのばしたが、見るとドレスがハナの両手をふさいでいた。それに気づいてから自分に苦笑する。侍女にまで気を遣わせるなんて、私はレアに気を取られすぎだ。

資料を渡すために、ハナの持っているドレスをひょいともらい受ける。このドレスはもうレアは着たのだろうかと思いながらドレスを眺めたが、これもレア好みではなさそうだ。



「…好みのものはあったか」


これくらいは聞いても良いだろうかと、尋ねる。


レアは「ああ、まあ、」と歯切れの悪い返事をした。やはり好みのものはあまりなかったらしい。自分の予想が当たったようで、少しそわそわとした気持ちが浮かぶ。

レアのことだ、自分では選ばずに勧められた物を着ていたのではないだろうか。

…ならば、1着くらいなら私が選んだ物を着てみてくれるかもしれない。そんな欲望がむくりと顔を出す。


「君はシンプルな方が似合うだろう。…レースの繊細なものを。ボリュームは少ない方が良いな」


ドレス姿のレアと向き合っていると落ち着きがどこかへ飛びそうで、職人に依頼する形で要望を伝えた。職人はそれに応じて私にいくつかドレスを見せてくる。


確かに、ドレスとは可愛らしい華やかなものが多いのだなと眺めると、その中ではやや控えめな作りのドレスが目に留まった。ただ細部まで刺繍やレースが施されており、おそらく手の込んだドレスのようだった。


「これを」と、そのドレスを職人に伝える。すると職人はそのドレスを丁寧に手に取り、それから私の手元にあったドレスを回収した。

私の選んだドレスをレアは着てくれるだろうかとレアをちらりと見ると、彼女はドレスを見つめていた。表情は特に変わらない。すると途端にそわそわはどこかへ消えてしまった。嫌そうな顔をされないだけマシかという気持ちが浮かぶ。


同時に、レアはそのドレスを着てくれないかもしれないという事実にも気づいてひやりとする。

浮かれるのもいい加減にしないとと自分に喝を入れてから、レアが何かしらの反応をする前にここを退散することにした。


「必要な時は呼びなさい」と帰り際に声をかけたが、ドレスを着ている女性に対して気の利いた言葉も言えないのが情けなかった。



*****



家をあける日も多く、家にいても仕事をこなしている中で、レアの様子を確認することができていなかった折、私は屋敷の者達から「なんだかレア様の元気がなさそう」という報告をいくつか受けてた。


そして今日、夜も遅くなってからハナが書斎を尋ねてきた。珍しい訪問に何があったのかと思っていると、ハナはしょんぼりした様子で「レア様がご結婚のことで悩まれている様子で…でもわたくしでは差し出がましいことを聞いてしまうだけで、何もお力になれず…」と言ったのだった。


これはこのままではまずいと肝が冷えた。やはり婚姻に気が乗らないのだろうということを察することはできるが、果たしてどうするか。

しばらく頭を悩ませたが、いくら考えても対処方法は分からなかった。自然とため息が出る。だが。


ここまで向き合わずに来てしまった私の責任であることは明らかだ。…そろそろ、レアときちんと話す場をもつ必要があるのだろう。


私は覚悟を決める。そして、一通りの仕事を終わらせてからレアの部屋へと向かった。


日付が変わってしまってからの訪問に、レアは驚くだろうなと想像しつつ、もしかしたらもう眠っているかもしれないと思い至る。扉をノックして反応がなければ、明日の朝にでも時間を作ってもらえるようお願いしてみようか。


そんなことを考えながら彼女の私室の近くまで来ると、彼女の部屋の扉がなぜか開いていることに気が付いた。ドクリと嫌な予感がして扉に近づくと、案の定中は明かりがついておらず暗い。


「レア?」


呼びかけるが、中から反応はなかった。起きて活動しているなら明かりはついているだろうし、声にも反応するはずだ。それがないということは、眠っているか、それとも―――。冷や汗が出た。



「レア、入るぞ」


声をかけて、扉の中に踏み入れる。レアが越してきて以降では、この部屋に入るのは初めてだった。予想していたより物のない部屋だった。そして、部屋の中にレアもいない。


婚姻が嫌になって出ていったのかと、突拍子もない想像が浮かぶ。突拍子がないということは頭では理解出来たが、そうに違いないと確信めいたものが一気に駆け抜ける。


いや、きちんと家のことを考えているレアだ。嫌だと言ってもまさかそこまではしないだろう。冷静になれと自分に言い聞かせる。

可能性としては誘拐のような事件も有り得なくはないが、そうしたらすぐに誰かしらから侵入者の報告を受けるはずだ。しかしそれは今のところ受けていないし、屋敷内はしんと静まり返っていて、何か騒ぎが起きている様子もない。


となると、レアが自分でどこかへ行っている可能性が高い。部屋の中には化粧室も風呂もある。夜中に部屋の外へ出る用事があるとは思えなかったが、行くとしたらなんのために、どこへだ、と仕事中よりも頭を回転させた。


その中で前に一度、ハナから「レア様は裏庭がお好きなようですよ、なにやら手入れされ切っていないところが良いそうで」と聞いていたことを思い出した。

とりあえずここにいても仕方がない。屋敷の外に出るのは門番のチェックが入るから難しいだろう。屋敷内を探すのが良さそうだと判断して、まず可能性のありそうな裏庭へと向かった。


私は急ぎ足で、しかし音を立てないように裏口を出た。可能性は低いが、侵入者が潜んでいたらと思うと音や声を立てるのははばかられた。辺りを確認しながら見逃さないようにと注意深く進むがレアの姿は見当たらなかった。気持ちが急いている。見落としたのではないかと焦りがつのっていくが、見つけられないまま裏庭の一番奥までたどりついた。


ここにはいないのかと落胆しかけた所で、暗闇に溶けている濃い緑の茂みがわずかに揺れた。かと思えば、そろりとレアが茂みから顔を出したことに気づく。


ここにいたのかと言う驚きと、見つけた安心感、そして、何故という憤りのような感情が浮かんだ。

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