エピローグ-わたしの政略結婚-
オグウェルト様がわたしの旦那様になった。
それは夢ではなかったようだ。
成婚の儀を終えたあと、わたしは現実味のないままオグウェルト様と一緒に陛下の元へ向かい、今度はオグウェルト様の公爵位の任命式に立ち会った。オグウェルト様の妻として、そしてボワソン侯爵として。
任命式には主要な貴族や役人がたくさん参加していて、成婚の儀とは比べ物にならないくらいの圧迫感があった。
オグウェルト様のお父様が隠居して、オグウェルト様が正式なウームウェル公爵となる話はずっと前から進んでいたのだという。その任命式の日取りや出席者が決まった後にわたしとの婚姻が決まったのだそうだ。任命式の前に婚姻関係を結ぶことになったため、成婚の儀の準備期間が短かったのだと教えられた。
「単にオグウェルトがうだうだしていて、レアに言うタイミングが遅れたのもあるけれどね」とは、よく分からないが陛下のお言葉である。任命式後にオグウェルト様と挨拶に伺った際に、陛下はそう言いながらオグウェルト様を面白そうに見ていたのだった。
立場的にはオグウェルト様が公爵位を正式に継ぐ前に婚姻関係を結んだ方が、嫁ぐわたしの立場が上がるのだという。それだけ長く関係を続けてきているという証明になるのだそうだ。貴族社会はやはり難しい。
成婚の儀を執り行ったのもウームウェルが公爵家であるからだし、オグウェルト様がわたしの結婚のお相手だとわかれば納得がいく部分はかなり多かった。そんな大それたこと、わたしには想像すらついていなかったが。
後日約束通りオグウェルト様は時間をとってわたしに色々なことを話してくれた。新たな屋敷の夫婦用にと作られた談話室のような所で、2人きりでの時間だった。
詳細については時間が取れず話せなかった部分もあったようだが、被後見人というわたしの立場では任命式の詳細や新たな屋敷のことなど、ウームウェルの機密情報については事前に明かしてはならなかったのだと言う。だから、その辺りは正式に婚姻関係を結んでからの説明となることは最初から分かっていたと謝られた。
だが、婚姻についての詳細を何も聞いてこないわたしに、オグウェルト様としては「レアは様々な背景について薄々理解しているのだろう」と思っていたのだそうだ。
残念ながら、わたしはオグウェルト様に期待されているほど政治に詳しくないため汲むことはもちろん出来ていなかった。そこに関しては少し申し訳ない気持ちになった。
ウームウェル公爵となったオグウェルト様は、ウームウェル領の中央地域に新たに屋敷を構え、そこへ引越しをすることとなった。そのための荷造りであった。
住んでいた王城近くの屋敷も別邸として維持し続けるため、わたしの物以外はほとんど運び出されなかったと聞いた。
成婚の儀と引越しが重ならなければ、わたしもおそらく途中でオグウェルト様との結婚に気づけていたはずなのにと、何だか悔しくなる。
しかも、オグウェルト様はわたしと結婚することを隠していたつもりはなかったと言うのだ。むしろ自分との結婚であると伝えたつもりだったらしい。
「1度もそのようにはおっしゃっていませんでした」
わたしがそう言うと、オグウェルト様はやや硬い表情で「...私との結婚が嫌なわけではないのか」と聞きづらそうにわたしに問いかけた。
「いえ、それは嫌では...」
むしろ嬉しいですと目の前で言うのは恥ずかしい。好きだから一緒にいたいなんて、ハードルが高すぎて一生言えない気さえした。
「そうか」と言ったオグウェルト様は続けて、「レアはウームウェルとの婚姻を嫌がっているのだと思っていた」と言った。
確かに、思い返すとわたしはわたしで、オグウェルト様がお相手だと知らずに「気持ちの整理がつかない」などとかなり失礼なことを言っていた気がして、頭を抱えたくなった。
ハナの様子がおかしかったのも頷ける。「ご主人様であるオグウェルト様との結婚を躊躇するわたし」と認識していたのだと思う。ハナにも悪いことをした。
ふと視線を感じて顔を上げると、オグウェルト様と視線が絡んだ。成婚の儀の後から、オグウェルト様はわたしと関わりを持とうと努力してくださっていることを感じていた。
これは政略結婚である。この婚姻はボワソン家にとっては願ってもいない条件の良い話だった。そして、こうすることでオグウェルト様やお世話になったウームウェル家にもおそらくは恩返しになる。
オグウェルト様がわたしを好きでなくても、わたしとともに未来を歩くと決めてくれたのだ。
戸惑いはもちろんまだあるし、これから先は立場も変わり大変なことも多くなることは間違いないだろう。けれど。
けれど、思いがけずオグウェルト様とこれからも一緒にいられることになったわたしの気持ちは明るかった。一緒にいられることがこんなにも嬉しい。それだけで良い。
それと同時に、でも、いつか伝えられたらと思っている自分がいることにも気づいて、わたしは欲張りなのだなと自分に苦笑した。
そんなわたしの仕草に、オグウェルト様は「レア?」と優しい声でわたしを呼ぶ。これからずっと、こうして隣で名前を呼んでもらえるように努力したいと思った。
そして、いつか。
いつか言えたら良い。
わたしはあなたのことが好きです、と。




