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10 わたしと約束

「あれがボワソンの?」


謁見の間を退室してから、そんな声とともにこちらをチラチラと見る視線を何度か感じた。王城勤めの宮女たちからや、貴族然としている役人であろうおじ様やおば様方からも。


わたしは今まで正式なボワソン家の後継者として表舞台に立ったことはなかったが、どうやらボワソン当主の訪問の情報は王城内では広まっているらしかった。

若い女性が謁見の間からの退路にいるという状況からそうであろうと特定されているようだった。貴族社会は思っていたよりも狭いコミュニティなのかもしれない。



そんな中だったが「特にできることもないな」と反応せずにしばらく歩くと、出口まであと少しという所へ辿り着いた。すると、どこからか急にざわめきが聞こえ始めた。先程までのわたしに対する反応とは違い、宮女たちの浮き足立つような声が主である。


どこがその元かわからないまま、出口への曲がり角を曲がったところで、すぐそこが元であるとわかった。

そこには王城内で会うとは思っていなかったオグウェルト様がいた。


宮女たちは遠巻きで、彼を見ながらきゃいきゃいと嬉しそうな表情だった。「こちらの出入口にいらっしゃるなんて珍しいわ」「誰をお待ちなのかしら」なんて声が聞こえてきた。

オグウェルト様はそれには反応せずに、ひとりでそこにいらっしゃった。

家ではあまり見たことのないかっちりとした服を着て、腕時計を確認していた。まるで、誰かと待ち合わせしているような風だった。


こちらから声をかけて良いものかと少し迷って立ち止まると、わたしの視線を感じたのかオグウェルト様もこちらを見た。


パッと、視線が交わった。わたしはドキリとする。ああ、こんな風に待っていてもらえる人は幸せに違いない。



「レア」



オグウェルト様はわたしに声をかけた。そりゃ見知った顔に出会ったらそうするだろうと、冷静でいるように自分に言い聞かせた。


「終わったか」


堂々とした雰囲気なのに、やや早足でわたしの所へとまっすぐ進んでくるオグウェルト様を見て、わたしはなんだか落ち着かなくなる。もしかして本当にわたしを待っていてくれたのだろうかと、勘違いしそうだ。


落ち着け落ち着けと、わたしは繰り返し言い聞かせた。オグウェルト様にはもちろん、たった今陛下にも結婚についてお話してきた所なのだ。わたしのこの気持ちは隠し通さなければならない。違う方法で、この方を幸せにしたいと思ったではないか。その気持ちは嘘ではなかったはずだ。



「はい、先程謁見を終えました。あの、オグウェルト様はこちらで何を?」



なぜだか納得していないようなオグウェルト様の顔を見ながら、わたしは問いかけた。そうしたら、眉間に皺がよった。そんな表情もさまになるが。



「本当は今日は同席しようと思っていたのに、直前で陛下に嵌められて叶わなくてな。そろそろ終わる頃かと君を待っていたところだ」


まさか。本当にわたしを待っていてくださったのか。

それだけで嬉しくなる。いやでも、わたしは覚悟を決めたのだ。そう思って、私情は頭の片隅へと追いやった。


「わざわざ申し訳ありません、1人でも大丈夫でした」


冷や汗はかいたが、最終的にはわたしもそこまで下手をうったわけではないはずだ。


「...何を聞かれた?」


しかし、やはり1人では心許ないと思われていたのだろう。間違いなく心配されている様子だった。


「そうですね...」

まず浮かんだのは「オグウェルト様の大切な人は誰か」というわたしの疑問だったが、そんなことはわたしが知る必要のないことだ。そう思って、当たり障りなく返答した。


「特段困るようなことはありませんでした。ただ、国王陛下がわたしの母のことをご存知で驚きましたが」


オグウェルト様は「ああ」と頷いた。


「君の母君の話もしたのか。面識はあったようだからな」


「そうなのですね」とわたしは頷く。やはりそうだったのかと納得はいく。

わたしがそう考えているとオグウェルト様は少し間を開けてから「母君のこと、陛下は何か言っていたか」と私に尋ねた。


「いえ、陛下のお考えにわたしがついていけなかったようには思うのですが、わたしが母上に似ているとか、似ていないとか。そのような話で...」


オグウェルト様は一瞬嫌そうな顔をしてから、「それはまた分かりにくいことだな」と言った。たしかに全然汲み取れなかったため、わたしは実感を込めて頷いた。


「陛下は難解な物言いがお好きでな。私は流れが分かればなんとなくの意味は理解できるはずだ、今度聞かせてくれ」


さすが、陛下と懇意らしいオグウェルト様には分かるのだと感心しながら、わたしは「はい」と首を縦に振った。



そして二人で話している間に宮女たちの嬉しそうな声がやや不満げな声に変わっていたことにわたしは気がついた。それに加えて、先程までここにはいなかった貴族然としたお役人方も数人見える。おそらく、ウームウェル家とボワソン家のやり取りが気になっているのだろう。


オグウェルト様もそちらが気になったようで、チラリと周りを窺ってからわたしにそっと顔を近づけた。

いきなりの接近に、わたしの体は強ばった。



「レア、その陛下の件も含めて、落ち着いたら話したいことがある。その時は時間を作ってくれるか」


淡々と伝えられて、オグウェルト様は会話が周りに聞こえないようにと配慮してくださったのだと思い至った。だが、この距離はいけない。わたしの心臓に悪すぎる。耳元を声がかすめてくすぐったかった。


オグウェルトはそのままの距離でわたしの返答を待っていた。わたしが返事をしない限り、この距離のままかもしれない。

それに気づいて、わたしはあわてて首を縦に振った。顔が赤くならないようにと意識はしたが、努力が実っていたかはわからなかった。


わたしの反応を見たオグウェルト様は口の端をあげてから「ありがとう」と一言呟いて、すぐにわたしから距離をとった。その顔もわたしには破壊力がありすぎたが、そう感じていることは精一杯、表に出さないように努めた。



タイミング良く、「ウームウェル補佐官、そろそろ会議のお時間ですが」とおそらくオグウェルト様の部下であろう方がオグウェルト様を迎えに来て、わたしとオグウェルト様はそこで別れることとなった。


別れ際、オグウェルト様は「成婚の儀を終えるまではおそらく帰りが遅くなるが、あまり気にしないでくれ」と言った。

「わかりました」とわたしは答えた。

それを聞いてからオグウェルト様は1度頷き、わたしに背を向けて王城内へと戻って行った。



しかし、ふと違和感がわたしの胸に落ちた。


落ち着いたら時間を作ると約束をしたのに、成婚の儀を終えるまでは忙しいとオグウェルト様は言った。

成婚の儀を終えたら、わたしは屋敷を出るのだ。それはつまり、オグウェルト様とは頻繁には会えなくなるということで。


オグウェルト様はどういう意図でそう言ったたのだろう。どう解釈をしようとしても、それはわたしには理解できず、わたしは釈然としないまま帰路についたのだった。

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