闇月夜に何恐れ?
「夜が怖い」
あのギラギラしていて、真っ赤で、大きな口をポッカリと開けたお月様が、満天の夜を支配している限り、私は夜が怖くて、嫌い。だって、いつしか食べられてしまいそうだから。
「そんなに夜が怖いか?」
「ええ」
「なら、夜を消せばいい」
無理な言葉。
重くて、それも簡単な言葉で表せないくらいにおもっ苦しい、そんな低音でひび割れた声が私を呼んでいた。
「どうやって……。そんなの無理よ」
「なら、その無理とは、誰が決めたのだ?」
「そ、それは……。私たちが生きている中で、その、正当化された言葉」
そう言いたかったのに、途中で遮られた。
「正当化したのは誰だ?」
「正当化したのは周りに居た人たち」
すると、今度はその低音に加え、少し笑みを含んだ声で尋ねてくる。
「ならお前は、その周りにいる人間に支配された、と?」
「そ、そんな事ないわ! 私は普通に生きていたのよ」
「なら、普通とはなんだ?」
その声の持ち主は、いわば問答法を私に仕掛けていた。機械仕掛けのようなその淡々とした口調は耳障りだったけれど、いつか見た悲しみにもなにか似ているように思えた。
「普通は……、世間一般的にみんなが望んだ方向性」
「なら世間一般的とは?」
「世の常」
「世の常とは?」
「人の考えること」
「人の考えることとは?」
「正でもあり、間違えでもある」
「なら、お前が夜に恐れる理由は?」
「だから……、食べられそうだから」
私は問答法に苛立ちを隠しきれずに吐き出してしまっていた。
「なら、世間一般的に月は人を喰らうか? 月は夜を喰らうか?」
「喰らわない」
正しかった。
「なら、世の常として月はお前を貪るのか?」
「貪らない」
何も言い返せなかった。
「なら、人の考える月とはなんだ?」
私はその限られているように思える時の中で、自分の思う月を囁いた。
「綺麗で、輝いていて、なにもない夜に彩りを加える色」
「そう思うなら、もう夜を恐れる理由は、他にない。生きよ、恐れるな」
今、夜が正当化された。