(9)叶――懸念
叶とマギアは魔法政府軍の周辺を歩いていた。魔法政府軍の城の外をしばらく歩くと、村があった。城下町のような場所が出てくるかと思ったが、意外と質素な村だった。そんなに大きくは無さそうだ。
マギアは村の中に入ると、ボールで遊んでいた子どもたちがマギアを見つけた。
「あ、マギア様だ!」
「本当だ! マギア様だあ!」
言って、マギアに近付いて、嬉しそうに微笑む。マギアも柔和に微笑むと、子どもの頭を撫でてやり、
「今日も元気そうだな。何よりだ」
「マギア様、その隣の人だれー?」
「マギア様のかれしー?」
無邪気に叶の方にも近づくと、ジロジロと興味深そうに覗いてくる。叶は、
「そう見えるかなあ? えへへ」
と、どこか満更でもない様子で答える。マギアはカッと頬を赤らめると、
「ち、違う! こいつは私の部下だ! お前たちも遊びに戻れっ!」
「わ~! マギア様照れてる~! かわいい~!」
「かれしがいるなんてやっぱ大人だ~!」
ボールを持ってその場からはしゃぎながら駆け出していく子どもたちの声に、マギアはぼそりと、
「お、大人……」
そう呟いた。叶は、どこか嬉しそうな表情になっているマギアを見て、
「子どもたちからしたら大人に見えるんですよ、きっと」
悪意はない。バチン、と頬を殴られる叶。
「どういう意味だ! このバカちんが!」
「バカちん……」
言って、マギアはどすどすと歩いて行く。叶もそれを追いかけるようにして着いて行くと、マギアは老若男女から声を掛けられる。どうやらかなり慕われているようだった。
叶は村人ひとりひとりに声を掛けられながら皆を労るマギアを見て、ただ単純に良いなと思った。
小さな町の交番にいるお巡りさんが慕われているような感覚になり、自分もお巡りさんという選択もあったなあ、とそのとき思った。
マギアは叶が微笑ましくその光景を眺めているのを感じると、こほん、と咳払いし、
「この村は昔城下町があった場所なんだ。本当に大きな街があったのだが、戦争でこんな小さな村にしか残らなかった」
「戦争ですか」
こくりと頷く。
「前に、クロウリー様が魔法政府の前身の部隊を作ったと伝えたと思うが、それより以前、国王であった父上に反抗的だった魔術師との紛争が起こった。国王である父上は、国を安全に守るはずだった。しかし、剣では魔法に対抗できず、城下町を壊された。それで一気に民衆は国王に嫌悪をもたらした。それを機に、クロウリー様が反旗を翻したのだ」
「そう、だったんですね……」
「惨い有様だよな。だから、クロウリー様は残った民衆のために、この村を支援している。罪滅ぼしになっているかも分からないが……」
言って、悲しそうな顔をする。叶はどこの時代でどんな世界でもこういう紛争は回避できないものなのかと悲しくなる。
二人がそう話をしているとき、ひとりの老婆がマギアに近づき、焼いたトウモロコシを差し出した。
「マギア様、宜しかったら焼きたてです。いかがですか?」
老婆はにこりと微笑むと、マギアはそれを受け取った。大きな実がぎっしりとつまったトウモロコシだ。一本を叶に渡す。マギアは、
「ありがとう、ローラおばあちゃん。いつも本当にすまない。美味しく頂く」
「はい」
「僕もご馳走になります! ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ、魔法政府軍様のお陰で平和に暮らせていますので」
言って、老婆は家に帰って行った。マギアはトウモロコシを豪快にかぶりつくと、咀嚼した。
「うん、ローラおばあちゃんのトウモロコシはいつも美味しい。叶も食べてみろ」
言われて、叶もがぶりと一口噛んだ。口に入れるだけで甘い汁とソースが薄く塗られていたようで、その香ばしい香りが鼻を抜ける。何度もかぶりついてすっかり一本平らげてしまった。綺麗に一粒も残さず。
「美味しかったです! こんな美味しいトウモロコシ初めて食べましたよ」
「だろ? ローラおばあちゃんのご飯はいつも美味しいんだ」
言って、自分の祖母のように自慢をする。叶は平和だな、と思った。
が、そのときだ。馬が村に駆け込んでくるのが見えた。馬は村の中を縦断し、マギアの前で停まった。
「マギア様! こちらだと思いました!」
「おお、どうした。偵察隊が何故こんなところに」
「早急に伝えしなければと思い、アリアの街から走って参りました」
その馬に乗った女は赤いローブも着ていなくて、普通の村人のような一般的な服装だった。チュニックにズボンという簡素な出で立ち。その女は険しい顔をして、
「死神軍が、アリアの街で魔法を使った子どもを惨殺しました。その子どもの父も切り捨てたようです」
「なんだと?」
「しかも、その遺体に黒い薔薇などを置く始末……。二人の死神軍の人間がいたようですが、ひとりは補佐官のグレイシーで間違いないのですが、実行犯である男は新顔のようでした」
「くそ……。あいつらめ……。死神軍の統治下になっているような場所ではあるが、一応中立の街だぞ……。こんなこと許されるとでも……!」
「クロウリー様に伝達をお願い致します、マギア様!」
そのとき、叶は黒い薔薇と聞き、女に質問した。
「あの、そのひとりの新参者の男ってどんな姿をしていましたか? どんな顔つきだったとかそういう」
「お前も魔法政府軍の新参者か? そうだな。身長はお前と変わらないくらいで、黒い短髪の髪に、軽装の鎧を付けていた。胸には黒い薔薇のブローチが付けてあったという報告も受けてる」
「やはり、黒い薔薇ですか……」
叶は顎に手を当てて考える。一本の道がそこに開けたような気がした。いる。おそらく、来弥がこの世界にいる。しかも、魔法政府軍と対峙している死神軍の軍勢の方に……。
そう思うと刑事魂というのか、叶はその現場に行きたくなった。
「マギアさん! 僕を現場に連れてってください!」
「は? いや、あそこは一応、中立とはいえ、死神軍が統治しているんだ。迂闊には行けない。何か気になることでもあるのか?」
叶は深く頷く。
「おそらく、その犯行をしたのは、恐ろしい殺人鬼です。捕まえないと人々への被害が広がります」
ごくりと唾を飲み込むと、マギアは、表情を硬くし、神妙な表情の叶を見て、
「わかった。何か思い当たる節があるのだな。よし、偵察隊は引き続きアリアの街を警戒しておいてくれ。私はクロウリー様に報告する」
「はっ」
言うと、偵察隊の女は馬の腹を蹴る。それから村を駆け抜けて行った。マギアは、
「とりあえず、城に戻ろう」
言って、二人は足早に城へ戻った。叶は嫌な汗が滲む。人を殺してもすぐに罰することがされることのないようなこの紛争中の世界で、もし殺人鬼が降り立ったのなら、それは鬼神の力を得たにも等しいと。叶は何とかして、来弥を捕まえねばと何度も胸の中で反芻した。