(8)来弥――痕跡
来弥たちは、街に出ていた。その街は欧風のマーケットのような場所だった。石畳の路地に、木造建築、それに石造りの建物が並ぶ情緒溢れる美しい街だった。
来弥はふーん、と剣を担いで街を練り歩く。グレイシーがその横で、鼻歌混じりにスキップでもしそうな様子で街を歩いていた。それから来弥に、
「何が食べたいとかあるのかしら?」
笑顔でそう言うと、来弥は、
「肉がいい」
と、端的に告げた。グレイシーは「そうね」と、少し考えると、
「あっちにそういうお店があったような気がするわ」
言って、別の路地に入って行った。人々はグレイシーと来弥の格好を見て、死神軍だと分かっているようで、その姿を見ると誰もが道を開けた。ここでは死神軍の力が相当浸透しているのだろう。びくり、と肩を揺らしそそくさと逃げるように道を開ける。
露店の店主たちもグレイシーを見ると、
「今日も安くしておきますよ!」
と、媚びるように声を掛けている。グレイシーは「ありがとう」と告げると、気にした様子もなく歩いて行く。
来弥は昨晩から何も食べていないのもあり、二日酔いのせいもあって、脂っこいものが食べたくて仕方なかった。
「腹減った。頭いてえ」
まだズキズキと痛む頭で零す。グレイシーは、
「飲みすぎよ。コーラル様もお酒勧めすぎだけれど。毎晩あんな感じだからたまには断ってもいいからね」
「毎晩あんな感じって、死神軍って奴らは随分呑気なんだな」
「そう? 英気を養うと言って貰いたいわ。私たちは魔法政府軍と違って堅苦しいことは基本的に嫌いだし、嫌悪してるわ。あんな魔術なんていう軟弱なものにこの世界を支配されたら人はもっと怠惰になっていくもの」
「そんなものなのか」
「そうよ」
言って、歩いていると、木造の平屋の店が見えた。外にもテーブル席があり、中の様子が外からも見えるテナントだった。開けっぴろげになっているせいで、肉汁のジューシーな甘い香りが漂う。
「そうだわ。ここよ。せっかく天気がいいのだから外で食べましょう」
グレイシーは外にあるテラス席に座ると、それに倣い来弥も座った。柔和そうな店員がメニューを運びながらグレイシーのところに来た。
「こ、これは死神軍のグレイシー様。こんなむさ苦しい場所に来て下さるなんて、光栄です。いかがなさいましょう?」
たどたどしく告げる店員に、メニューを貰ったグレイシーが、来弥にも見せる。しかし来弥にはそこに書かれている文字が読めない。
「任せる。量の多いやつ」
「分かったわ。じゃあこのラム肉のステーキをセットでふたつ」
「かしこまりました」
言うと、おずおずと頭を下げ、調理場と思しき奥の方へと入って行った。
来弥はどかり、と椅子に背をもたせかけると、辺りを見渡した。子どもが路地で遊んでいるのが見えた。この街の人々はそれほど上等な洋服を着ていない。そう思うと、死神軍や、前に一戦交えた魔法政府軍の服装は立派なものだ。どこも格差社会か。そんなことを思っていると、ひとりの子どもが、他の友達であろう二人に、
「奏ろ。雷鳴」
言って、小さな稲妻を手の上に走らせた。パチパチと弾けるだけですぐに消えてしまう。
それでも他の子どもたちは、
「すっげえ! マークス、もう魔法が使えるのかよ! かっけえ!」
「いいな! 私も魔法使えるようになりたい!」
口々に囃し立てる子どもたちに、自慢げに胸を張る少年は、もう一度、
「奏ろ、雷鳴!」
と、力強く詠唱した。すると、今度は暴発したかのように大きな稲妻が路地を囲むように響いた。すると、その稲妻は術者である少年の手を遠く離れ、路地を行き交う大人の男の頭上に落ちた。
「ぐああああ!」
言って、肉の焦げる臭いが充満する。その男はその場で黒焦げになり倒れた。
少年は自分の手の中から恐ろしい魔法が放たれたことに慄き、その場でへたりと座り込む。股の間から小便が漏れた。
「ど、どうしよう……」
言って泣き出す少年に、二人の子どもたちは、
「やばいよ! 逃げよう!」
言って、魔法を使った少年を置いてすぐさま逃げ出した。そのときだった。
来弥はのそりと立ち上がると、その未だ動けずに泣いている少年を睨み、
「なあ。これは制裁対象だよな」
座ったままのグレイシーはこくりと頷くと、
「ええ。始末しましょう」
その言葉とともに、来弥は少年のもとへ近付いた。来弥は眼下にいる少年を冷たい目で見下ろし、薄く笑うと、
「だとよ。死ね!」
「ひい! 父ちゃん助けて!」
言うと、ちょうどレストランの店員が飛び出して来て、来弥の足元に縋り着いた。来弥は剣を振りかざす。
「やめて下さい! 私のひとり息子なんです! どうか、どうかご慈悲を……!」
「うるさい」
言って、父親の方へ剣を振り下ろした。ズシャっと云う肉が切れる音がして、店員は、「かはっ!」と吐血し、その場で倒れ込んだ。朦朧とする意識の中、少年に向けて手を伸ばしているようだ。
来弥はふん、と鼻を鳴らすとその店員の身体を蹴りあげ、剣を再び構える。
「お前らは悪らしい」
言って、にやける顔を抑えられず、そのまま、
「死ね!」
と、怯える少年の悲鳴が街中に響いた。子どもの柔らかな肉の感触が伝わり、少年の身体が剣によって裂かれた。もうぴくりとも動かない。
来弥は剣の血を振り払うように薙ぐと、鞘に収めた。
来弥は石畳の上に二体の血溜まりを見た。高揚感が収まらない。ああ、やっぱりこの肉の感触はこの世界でも同じだと、来弥は手を見た。それからぎゅっと拳を握りしめ、慈しむかのように額に当てた。
そのとき、街にいた人々が怯え、逃げ惑う姿があった。ふと、レストランの対面にある店を見た。そこは花屋のようだった。来弥はそこへ向かうと、店員は「ひい! 私は魔法は使いません! どうか、どうか……!」言って、祈るように来弥に語りかける。
来弥はそれが耳に入ってこないようで、店先に並んでいる花を見渡した。店の奥にそっと黒い薔薇があるのが見えた。来弥は、
「その黒い薔薇を二本くれ。あとあるだけ死神軍に送れ」
「は、はい!」
言って、店員は黒い薔薇を震える手で来弥に渡すと、来弥はその薔薇の香りを嗅いだ。いつもと変わらない清々しい甘い香り。それを血塗れの死体の上にそっと置いた。
それから満足そうに、グレイシーのもとへと戻って行った。
テーブルにはラム肉のステーキが既に置かれていた。来弥はどかっと椅子に腰掛けると、そのステーキを無造作に食べ始めた。
グレイシーはその姿を見て、恍惚の表情を浮かべる。
「人を切り裂いたあとでも、平気で肉を貪る姿……。やはり貴方は素敵な騎士だわ……」
うっとりと頬に手を当てて感心したように言う。来弥は、
「食わねえなら俺が食べるぞ」
「私も食べるに決まってるじゃない」
言って、二人はまだ血の匂いが充満するその場所で平然と肉を口に運んでいた。レストランにいた客は嘔吐する者もいる。だが怯えきって、その場を離れることが出来ないようで、身を隠すように縮こまっている。
来弥は、黒い薔薇がこの世界にもあるのかと、どこか嬉しそうにまた死体を眺めた。