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(7)叶――透明の白魔術師

 叶は、食事を終えると、満腹になった充足感を味わっていた。東京での生活は日々忙しく、ゆっくりと食事をすることも久しぶりだった。隣にいるマギアも丁寧な所作で口元をナプキンで拭うと、


「よし。カナウの過ごす部屋でも充てがうか」


 言って、カタンと椅子を引いた。叶は、「ご馳走様です」と手を合わすと、それを見たマギアが、どこか満足そうな顔をして、


「カナウは食べ物に敬意を持っているのか。流石はイデア神の使いというところか? 私も見習わねば」


 言って、「ご馳走様でした」と手を合わした。それを見て、まだそんなことを言われるのかと困り顔で叶は、


「いえ、子どもの頃からの癖です」

「そうか、それは素晴らしい」


 言って、食堂をあとにした。叶はメイドにも頭を下げると、そそくさと着いて行く。本当に美味しい食事だった。それを思うと現実世界となんら変わりがないように思える。でも、気付くとスマホが鳴って、事件の招集や、上司からの仕事サボりについて言及される電話が、いつかかってくるのではと不安になる。


 マギアは三階に上がって行った。クロウリーの書斎を抜け奥に進む。すると突き当たりに再び大きな扉があった。


「ここが私の部屋だ」

「え? 同じ部屋で寝るんですか? それは流石にちょっと……」


 叶が、照れて言うと、マギアはカッと頬を染めると俯いて、右に指をさした。


「違う! よく見ろ! 隣に小さな扉があるだろう! そこはもともと私専属メイドの部屋だ。今は空いている。カナウが使え」


 言われて、隣にある扉を見ると、木で出来た普通の扉があった。叶はほっとすると、


「個室を貸してくれるなんて有難いです」


 言って、扉を開けようとしたとき、マギアがそれを制した。それからにやりと不敵な笑みを零すと、


「メイドの部屋なのだ。つまり、今日からカナウは私のメイドでもある。私の監視下に置くには丁度いいだろう。明日はミサがある。六時には起きろ」

「六時ですか……。は、はい」


 言うと、マギアはこくりと頷き、


「では、明日六時に私を起こしに来い」


 言って、自室の扉を開け、バタンと云う重い音でマギアは部屋に消えた。叶は、この世界も同じ二十四進法なのかと思うと身近に感じなくもない。とりあえず、自分に宛てがわれた部屋を開ける。


 中に入ると六畳ほどの部屋に木製のベッド、それに木製の箪笥、小さな窓、その窓の下に机と椅子。ドア側には洗面台があった。

 叶はそのコンパクトな空間を見て、どこかの別荘の一室のようだなと思った。窓に近づいて外を覗いた。窓ガラスは上に開けられるようで、力をぐっと入れて窓を開けた。風がすうっと流れ込んでくる。

 東京の空気に比べてかなり新鮮だ。空を見上げると満天の星空。スイカを割ったような半月が浮かんでいる。


「本当にここは別の世界なのかな……」


 ひとりごちるとベッドに腰掛けた。それから横になるとそのまま目を閉じた。腹は満たされていたし、今日一日変なことばかり起こったせいで、どっと疲れが出てきた。

 気付けば深い眠りの中に入っていった。頬を撫でる風が心地よかった。



 翌日、目を覚ましたのはマギアの怒声とともにであった。


「おい! 六時に起こせと言ったのに何をしているのだ!」


 ドカッとベッドを思い切り蹴りあげる音がした。叶はその音でびくりと身体を震わせた。


「は、はいいい! 警部、すみませんっ!」


 言って、飛び上がると、敬礼したまま涎が垂れた。マギアは腕を組み、ジト目を向け、


「早く用意をしろ! ミサが始まってしまう!」


 言ってくるりと叶から背を向けると、時計を顎で指した。叶もはたりと冷静になり、口をシャツで拭うと、時計を見た。午前八時になるところだ。


「うわっ、すみません! なんかすごく寝心地がよくて熟睡してしまいました。六時に起きれずすみません」


 てへへ、と頭を掻く叶に、マギアはただただ嘆息し、


「行くぞ!」


 言うと、外へと出ていった。叶はとにかく衣服だけ整えるとそれに着いて行った。


 廊下を渡り、一階に降りると、広いロビーを抜け玄関を出た。玄関の重い扉を開くと、庭に出る。その庭を出て左へと進むと真っ白な三角屋根の建物で教会らしき場所があった。厳かな雰囲気が庭の花壇に溶け合っているようだ。

 叶は空を見上げた。優しい陽の光が照らす。今日は雲ひとつ無い晴れ日和だった。


 マギアは教会らしき場所に入って行った。扉は開かれており、中が見える。中には叶の住む世界の結婚式をあげるような教会のように、真ん中の花道のようなところを挟んだ両側に長椅子が並んでいる。椅子の両側には白い花が活けてあり、花道を真っ直ぐ進むと、段があり、オルガンが置いてあった。そこに奏者が座っている。窓はステンドグラスが嵌められていて、天使のような絵が描かれていた。そこから虹色に差す光は白い壁に反射して神々しい空間を演出していた。


 長椅子には赤いローブを着た男女がすでに席に着いており、壇上にあるオルガンが鳴ると一斉に歌い出した。清々しい声が響く。

 マギアは一番後ろの空いている席に座ると、叶もそれに倣った。マギアは席に座ると歌を歌っていた。叶はどうしたらいいか分からず、手を祈るように合わせただけだった。


 歌が終わると、オルガンの和音が響き曲が終わった。それから最前列の席にいたのであろうクロウリーが立ち上がると、壇上にあがり、


「我らが愛するイデアの神よ。我らの願いを叶えてくれたまえ」


 静かに目を閉じ言葉を紡ぐ。その言葉のあとに続きマギアを含め他の兵士たちも声を揃える。


「我らが愛するイデアの神よ。我らの願いを叶えてくれたまえ」

「あなたは素晴らしき創造の神。あなたは慈愛により我らを救う」

「あなたは素晴らしき創造の神。あなたは慈愛により我らを救う」

「我らはあなたの魂。清き心であなたを慈しむ。イーモア」

「イーモア」


 全員がクロウリーの文言のあとに続いて奏でる。クロウリーが全員の黙祷の余韻を感じると、顔を上げた。叶は周りを倣ってなんとか黙祷をしていたが、顔を上げるのは他の者より遅く、クロウリーが声を出したときにやっと目を開けたのだった。

 クロウリーはさっきとは違う重い声で、


「昨今、我が魔法政府軍レクイエムは、死神軍カーズの抵抗により、死傷者が増え続けている。このアルドナン大陸を守り、この地で本当の政が出来るのはこの私、クロウリーであると云うことを忘れてはならない。イデア神を心から愛しているのは我らだ。死神軍カーズの祈りなどイデア神には届かない。恩恵を受けているのは我らだ。その証拠に昨日、白魔術師が降臨した。これこそ吉報だと私は思う」


 そこまで言うと、周りがざわついた。クロウリーはコホンと、咳払いをひとつすると、会場はシンと静まり、


「我らは決して臆することなく、戦いに備えていればいい。さすればイデアの神は味方をして下さる。さあ、我が友よ。今日も一日神の御加護があるよう、祈りを捧げるのだ」


 クロウリーは、会場を包むように手を広げる。それを見聞きした兵士たちは「イーモア」とまた声を静かに吐いた。キリスト教でいうアーメンと同じようなものなのか、となんとか叶もイーモアと言ってみた。別に神や仏を信じているわけではないが、それをしなければ隣にいるマギアに蹴り飛ばされるような気がしたのだった。

 ちらりとマギアの方を見ると、恍惚とした表情でクロウリーを見つめている。叶はそのとき、マギアはクロウリーのことが好きなのじゃないか、となんとなく思った。


 クロウリーが壇上から下がると、花道を通り外へと出ていった。マギアは出ていくクロウリーを追いかけると、


「クロウリー様、本日はミサにお供できず申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げるマギア。クロウリーはマギアを見ると、後ろに立っている叶の姿を見つけた。それからまたマギアに視線を移すと、マギアは本当に申し訳なさそうに唇を結んでいる。


「……別に良い。それよりそこの小汚い白魔術師をなんとかしろ」

「はっ。直ちに」


 言うと、クロウリーはゆっくりと屋敷に戻って行った。他の兵士たちもぞろぞろと外へと出ていく。マギアはクロウリーの姿が見えなくなるまで頭を下げていた。叶はどうしたらいいのか分からずまごまごしていると、マギアはすくっと身体を起こし、叶を睨みつけた。


「クロウリー様に怒られたじゃないか! ふんぬう! カナウ、着いてこい! お前のその服、今すぐ着替えるんだ! ふんぬううう!」


 悔しそうにじたばたと地団駄を踏むマギア。叶は、「すみません」と苦笑すると、未だ怒りが収まらないマギアのあとに続いた。


 マギアと共に着いたのは屋敷の一階にある部屋だった。そこには大きなハンガーラックに掛かっている赤いローブや白いローブがずらりと並んでいた。

 男女別に並んでいるようだ。鎧のようなものは一切ない。高級そうな厚手のローブが並んでいるのだ。形こそ多少違えど、同じようなデザインのもので揃えられている。


 マギアは舐めるように叶の身体を見ると、ハンガーラックから白いローブを一着取り出した。ハイネックの長袖のローブだ。首から裾まで赤い刺繍が施してある。魔法政府軍レクイエムの紋章なのか、城にも掲げられていた、天に昇る龍のような文様が胸に縫い付けられている。赤いローブには白色でそれが刻まれているのに対し、白いローブは赤色で縫われていた。


「これを着ろ。下はズボンだ。ハンガーに一緒に掛かってる」

「はい。わかりました……」


 叶は受け取るとベルベッドのような柔らかい生地をそっと撫でた。今からコスプレをするのかと思うと気恥しい。マギアは、更衣室のようなカーテンの仕切りを指すと、


「あそこで着替えろ。サイズが合わなければ言え」


 言って、叶はそこで着替えた。着替えてみると、肌触りも良く、とても軽い。見ているだけだったときは重そうに見えたが、そうでもなかった。身体をあちこち動かしてみると、動きやすくて驚いた。叶はカーテンを開け出ていくと、


「サイズもぴったりです。ちょっと恥ずかしいですけど」


 あはは、と照れながら言う。それを見てマギアは息を飲んだ。


「馬子にも衣装というやつか。見違えたぞ」


 褒められた叶は、「そうですか?」と照れて頭を掻く。マギアはこくりと頷くと、満足そうに、


「これで、お前も魔法政府軍レクイエムの一員だ。イデア神の恩恵を受けるのだ」


 うんうん、と祈るように何度も頷くマギアに、叶はずっと思っていたことを訊ねた。


「そういえばイデア神ってなんの神様なんですか?」


 言うと、マギアは「は?」と間抜けな声を漏らし、呆れたと言わんばかりに、


「そんなことも知らないのか。イデア神はこの地に住まう我らを導く、創造の神だ。我らの愛が神に届けば、我らの想いを具象化してくださると云われている。何もしらずにミサにいたのか。そんなことも知らないとはやはり、カナウはイデア神の使いではないのか……」


 どこかがっかりした様子を向けられた。叶は、へえと答えると、


「でも、皆さん真剣に神様に祈ってたのは凄いなって思いました。信心深い人を見ているのは嫌な気がしませんね。それに想いを具象化するって、なんていうか、夢があるっていうか」


 そこまで言うと、叶は、高校生まで自分が医者になりたかったことを思い出した。でも自分の学力では医学部に入ることが出来ず、どちらかと云うと勉強よりも、小学生の頃から続けていた空手の方が得意だったのもあり、人を守るという意味では同じような刑事を目指すようになった。無事、刑事になった叶はこの世界に来て人を治癒する力を手に入れていて、それはもしかするとそのイデア神の恩恵なのかと、なんとなく思ったのだった。


 マギアは、じっと自分の掌を見つめている叶を見て、


「カナウは時々寂しそうな顔をするな。まるで透明になってしまいそうだ」

「透明、ですか」

「うむ」


 言うと、マギアは扉を開け、


「では、この辺りを案内してやる。着いてこい」

「は、はい!」


 二人は再び外へ出た。一帯は草原が広がっていて、夜に見た風景と違い、緑が綺麗に映えていた。やはり空気が美味しい。

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