第二章 それぞれの戦い
来弥は、死神軍の城塞に戻っていた。グレイシーは昼間にあったことをコーラルに報告しようとコーラルの自室へ訪ねた。来弥は兵士たちと剣の稽古をするように言われ、庭で兵士とともに剣のトレーニングをしていた。
グレイシーがコーラルの部屋に着くと、コーラルは難しい顔をして地図を眺めていた。
「コーラル様。本日アリアの街で魔術師の子どもに遭遇し、その子どもとその父親をライヤが制裁しましたわ」
コーラルは地図から目を離し、組んでいた腕を解くと、
「そうか。子ども相手でも容赦なかったか」
「ええ。なんの躊躇もなく殺してましたわ」
「なるほどな。ライヤはなかなか人間離れしている感性を持ってるのは確かだな。……グレイシーこれを見てくれ」
言われてグレイシーはコーラルの元に行く。コーラルは机の上に広げられた地図の一部を指さす。
「ここから東に行くとオークの住む村がある。我が軍も領地と戦力を補うために、オーク軍の制圧をしようと思うのだが、どう思う?」
グレイシーは顎に手を当てて、厚い唇を揺らし、
「そうですわね。魔法政府軍との決戦のために、領土を拡大するのは力の誇示としても最適かと。しかし、人間以外の種族をも手中に入れるのですか? オークは知能は低脳です。それを御するほどの余力はないように思えますが」
「まあ、そうなんだが。それでも人間の兵士をいちから育成するよりは早いかと思ったんだ。どうだ、これからでもそこに向かわないか」
「これからですか。そうですわね。奇襲を掛けるということでしたら、それでも良いと思いますわ。ただ、もう内情を把握されているのですか?」
「ああ。それは問題ない。今朝、オークの村に派遣していた兵士が戻って来た。集落には二百人ほどしか住んでいないらしい。オーク種族も随分減ったようだ」
「他種族は前回の戦争で移民したという噂は本当のようですわね」
「ああ。だから狙うなら今だ。魔法政府軍の奴らも今我らがこんな大きな行動を起こすとも思っていないだろう。先の戦いのすぐあとだ。今が好機と言える」
グレイシーがこくりと頷くと、
「かしこまりましたわ。兵士を招集して、選抜します」
言うと、コーラルが、静かに笑みを零し、
「……ライヤも連れていけ。武術に長けたオーク軍に対して、魔法無効化の意味はない。そこであいつがどう出るか。それを見たい」
「かしこまりましたわ。コーラル様も容赦がないようで……うふふ」
流し目をしながらグレイシーは部屋から出て行った。残ったコーラルは窓から庭を眺める。
「さて。ライヤはどう出るか……」
呟くと楽しそうにして椅子に座った。それから机の上に置いてある地図をもう一度眺めた。
グレイシーは兵士たちが訓練している最中、
「みんな。練習を止めてホールへ」
パンパンと手を叩き、兵士たちに向かって告げた。兵士たちは「了解」と言って、各々武具を片付けに行くとホールへと向かった。ひとり汗を流し、剣の稽古を受けていたライヤは、グレイシーを見付けると、
「ホールってなんだ。何かやるのか?」
はあはあと息を荒くして、首に巻いたタオルに軽装で近付いて来た。グレイシーは、
「案内するわ。あなたにも是非、参加して貰いたいから」
明るく微笑むグレイシーに、来弥はふーん、と言うと汗を拭いながらあとに着いて行った。
一階のロビーから左に行くと、そこには大きな部屋があった。ざっと二百人は収容できそうな広いホールだった。そこに百人余りの兵士が集まった。グレイシーはそのホールに誂えてある壇上へ登ると、
「我が軍の皆さん。今夜、オークの村へと向います。我が軍は次の戦争に向けて領地の拡大、それとともにオーク軍を支配下に置くことにしました」
おおお、とざわめきが起こる。グレイシーがコホンと咳払いをすると静まり返り、続けた。
「戦力になりそうなオークを我が軍に迎えます。まずは鎮圧。我が軍も魔法政府軍との日々の戦いで人員も減りつつある。しかし、ここにいる残ったものこそ、本当の死神軍。今こそ、我らの力を見せてやりましょう。他部族でさえ手中に入れられるという力を見せるのです」
優雅に演説するグレイシーに、兵士たちは鼓舞され、各々拳を上げ、
「イデア神の祝福を!」
「死神軍に栄光を!」
と、声を上げる。盛り上がりを見せる中、コーラルがホールに入って来た。兵士たちがそれに気付くと、
「コーラル様!」
と尚も会場が沸き立つ。コーラルはグレイシーに傍に行くと、剣を掲げ、
「俺も行こう。俺が留守の間、一班は俺とともにオーク軍の鎮圧。二班はここを守れ」
おおお、と再びざわめきが起こる。コーラルは、声を張り、
「二百人余りのオークの軍勢を我が軍の半分の兵士で制すのだ。俺に力を見せてくれ! 俺の愛する者たちの力を見せてくれ!」
おおー! と歓喜が上がる。
「コーラル様と戦えるとはなんて幸福なんだ!」
「コーラル様が戦いに……!」
「コーラル様……!」
と、口々に恍惚の表情を浮かべる。コーラルは兵士の顔を眺めると、壁際にポツンと座っているライヤを見つけた。コーラルはライヤの方へ行くと、おもむろに刀を振り上げた。ライヤは素早く持っていた剣を翳す。そこでコーラルの動きが止まる。にやりとコーラルが笑みを浮かべると、
「ライヤ。報告は聞いた。お前も一班に混じろ」
ライヤはそれを聞き、薄ら笑いを浮かべると、
「何しても良いんだな?」
「ああ。グレイシーの方で各自の役割を与えられると思うが、お前は制圧を担当しろ」
「わかった」
言うと、コーラルは姿勢を正し、会場を後にした。ライヤは会場に残った兵士たちがグレイシーのもとに集まっているのを見て、胸が踊るような気持ちになる。
まるで、戦いに飢えている亡者のように。血が騒いで仕方なかった。




