つづき2
一章出会い
まだいい。
私はそう思ってしまう。
時折、本当にこのままでいいのかと、もう一人の自分が問いかける。けど、いつもその思いはすぐ消えてしまう。そうなので、大した問題ではないと、いつもそう思いやり過ごしてきた。
変わらないいつもの部屋。
レンタル屋で借りてきた韓流DVDを夜遅くまで見てしまって、希穂は目も頭も冴えてしまっている。こうなるといつまでたっても眠れないので、とりあえず、布団には潜ることにした。そうすると、はじめはいろいろ考えてしまうが、いつの間にか寝てしまう。きっと今日もそうだ。
平常パターンにそって目を閉じ、次々と堂々巡りに浮かんでくる考えを退治していく。
が、突然、今までになかった。
(三十四歳!)
という実年齢が頭の中にドーンと入って来た。年齢というリアルを直視した瞬間だった。
「何!」
思わず、布団から跳ね起き声をあげてしまう。
(なんなの・・・)
心の声の後、
「だから何なん・・・」
ぼそりと言い、苦々しい表情で布団をかぶった。
希穂は容赦のない時の流れ、年齢という不安と恐怖を感じた。
・・・ ・・・ ・・・ZZZZZ。
「おーい、希穂起きろ!もう八時半ぞ!」
「んっ?は、はっ、はーい」
咄嗟におぼろげな意識で返事をしたものの、身体は鉛のように重く、頭は鈍痛がはしっている。目をゆっくり開けようとするが、瞼が腫れぼったく重くて容易にいかない。
「ああ・・・駄目だ」
ぼそりと呟いた後に瞼が自然と落ち、希穂はそのまま寝入ってしまった。
(起きなくっちゃ・・・)
意思は睡魔に勝てなかった。
県道から少し離れた田んぼに囲まれたのどかな所に「あおい」というラーメン屋がある。オープンして、しばらくたつが、安くてそこそこおいしいのでお客は多い。五百円のワンコインでラーメンと半チャーハンがついてくるのもリーズナブルで嬉しい。
お昼時、今里家は「あおい」に訪れていた。ごはんどきもあって、数台しか止められない駐車場は今里家が車を停めると、満車となった。
車を降りるとすぐに豚骨の香りが鼻にはいってくる。頭痛の頭には少し刺激が強い。希穂は顔をしかめた。運転席の扉を閉めると浩志はちくりと言ってくる。
「ほんと信じられん、昼まで寝とるちや(なんて)」
「だから、ごめんっていよろうもん(言っている)」
「謝ればいいってもんじゃなか、だいたいお前は社会人としての自覚がなか」
「まぁまぁお父さん」
なだめる一恵。
「甘やかしたらいかん、ただでさえ甘えとるとに」
「・・・・・・」
「分かっとるとや!」
「分かっとる!」
ついにキレた希穂。しかめっ面で父を睨む。
「もう二人とも、恥ずかしい!」
一恵は店の前で言い争う二人に言い放つと、そそくさと先に店内へ入っていった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人は、しばらく睨みあっていたが、浩志はフンと顔を背けると肩をいからせて店に入る。
「何よ」
希穂は呟き、少しの間、駐車場で佇んでいたが憤りの顔で店内へつづく。
「あおい」の暖簾をくぐると、より強い豚骨の香りが辺りを漂っている。久留米ラーメンの独特な匂いが、ここに住む人たちの食欲をそそる。
テーブルごとに小さな液晶テレビが、ラーメン屋に似つかわしく備え付けられている。テレビでは地元の超人気スター、あの「八女弁講座」でお馴染みダニー馬場がお店の宣伝をしていた。
希穂は二人が座るテーブル席を見つけると、一恵の隣に腰掛けた。
「希穂」
浩志は言う。
「何よ」
また何を言い出すのかと希穂は身構えた。
「お前、食券ば買ってこい」
「えっ」
「お前のおごりたい」
「なんで・・・」
「なんでっちゃ分かろうもん。お前、午前中、働いとらんやんか」
「・・・・・・」
希穂は渋々立ち上がる。
「希穂、冗談よ。お母さんがお金だすけん」
一恵は財布からお金をだそうとする。
「よか(いい)」
希穂はぶすっと言うと食券の自販機へ行った。
すでに先客の男性がいたので、彼女は後ろに並んだ。
彼は自販機の前で何を食べようかと迷っていて、人差し指を「どれにしようかな」と動かし思案していた。
(ああ、もう)
希穂はさっきの事もあり、その行為にイラッとする。
男性は背後からのプレッシャーを感じ、慌てて食券を購入すると、そそくさとその場を離れた。
(まったく)
希穂は自販機の前に立つと、お金を入れメニューボタンを押し、三人分の食券を購入する。おつりが落ちて来るので返却口を覗いたらお金があった。
(さっきの人のだ)
彼女は素早く、左手で彼のおつりを持つ。ほどなくして自分のおつりが落ちてくる。
「・・・・・・」
希穂は辺りを見渡し、男性を探した。
(・・・いた)
男性がいるカウンター席へと向かった。
「あの・・・」
普段なら人見知りの強い希穂だが、イライラ感情がそれに勝り不思議と堂々と言えた。
「はい?」
男性は戸惑いの返事、何故、自分を呼んだのか不思議そうな顔を見せる。瞬時、二人の視線が合うが互いにすぐ反らした。
「おつり」
希穂は手短に言う。男性はピンとこないのか首を傾げる。
「はい?」
「忘れていましたよ」
おつりを握っている左手を男性に見せる。
「・・・あっ、ども」
男性は素っ気なく言うと、お金を受け取り軽く一礼した。何か腑に落ちない態度に呆れてしまう希穂。
だが、彼は直立不動のままじっとしていた。
「・・・・・・」
実は男性は赤面していた。じっと呆けて希穂を見つめていた。しばらくの沈黙があり、男ははっと我に返った。なんともいえない間にたまらず、
「なにか?」
「いえ、なんもなか(何もない)。失礼します」
希穂は足早に席に戻った。
(あのヤロー)
心の中で悪態をつく。
怒り心頭の希穂だ。だが、目の前には冷たい戦争中の父浩志いる。なんともいえない感情がこみあげてきてイライラが募るばかり。
思わず、カウンター席の男性を睨む。まさか、彼が振り返るとは考えもしなかった。が、男性は振り返り、目が合ってしまう。
男は希穂の眼光の鋭さに思わず、
「どうもすいません」
と言ってしまう。
「いえ」
と言っちゃった希穂だった。
気まずい空気が二人に漂う。
やがて、男性は希穂に一礼をすると、姿勢を戻し残りのスープを一気にすする。
「ごちそう様です」
男性は立ち上がった。
「へーい。ありがとうございます」
店員の威勢のいい声があがる。
彼は店を出る前にもう一度、希穂に頭をさげた。彼女も一礼する。
「知っている人?」
思わず、一恵がたずねる。希穂は頭を振り、
「知らん人よ」
これが二人の出会いだった。ファーストコンタクトは最悪。
だが、希穂も男性もこれから自分達が、よもや恋愛へと発展してくとは知る由もない。
祭りの風景 参
男の子は夢中になって、クジを引いていた。どうしても露店の一番上に飾ってあるプレイステーションが欲しかったからだ。手を伸ばせば届きそうな位置にある玩具。あと二回クジを引けば当たる。確信にも似た予感が男の子にはあった。
一回、三百円のスピードクジを試みること三回、この日の為に貯めていたなけなしのこづかい千五百円は残り六百円と風前の灯だ。
無言で次の三百円を店主に差し出す男の子。
母親が渋い顔をする。
「匠!絶対当たらんけん。もうやめんね。もったいなか」
「うんにゃ、当たる!」
クジ箱の中に手を突っ込みかき回す、そして念じる取り出す。
「四等!かっ!」
「おしかったね~、あとちょっと、四等はこのビッグなスーパーボール」
男の子は黙ってボールを受け取り、ポケットにしまい込むと、最後の三百円を店主に渡した。
「匠!」
母は必死に止めようとする。
「当たるばい!」
もう手は箱の中へインしていた。一点集中、素早く取り出し勢いのまま、クジを持つ右手を上へ掲げた。
が・・・子供の無垢で純真な願いは届かず、大人のエジキに。
「残念~ん。七等のシャボン玉セット!」
「いらん!」
男の子ありったけの感情をぶつけ叫ぶと、目に涙を浮かべながら肩をいからせて歩きだした。
「ちょっと、匠」
母は店主を睨みつけ、彼を追いかけた。
同じころ。
燈籠人形舞台の二階座敷。
十四歳となった希穂はひたすら緊張していた。三味線を持つ手が汗ばんで、震えも止まらない。はじめての三味線奏者の大役である。
「大丈夫よ。希穂ちゃん」
三味線の師匠、操はぽんと軽く彼女の肩を叩いた。
「・・・はい」
頷くが、表情は硬い。
「私もおるけんね」
微笑む操。
「はい」
ぎこちなく二度目の返事をし、微笑み返す希穂。
はじまりの拍子木が鳴った。
「さぁ、はじまるばい。集中してやればあっという間よ」
「はい」
「楽しむとよ」
舞台の幕が開いた。
それから希穂はひたすら集中して、無心で無我夢中に三味線を奏でた。
そうしたらあっという間に、演目は終了していた。
高揚と興奮、肩で息する希穂に操は、
「ねっ」
と微笑んだ。
「はい」
希穂も思わず笑い返し頷いた。




