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やみ喰い 〜南咲洋平〜

南咲洋平 男性(32)

 何処にでもいるような一般的な成人男性。ちなみに独身。両親は幼いときに二人ともすでに他界しており、養護施設で育った。いたって普通で、周りから観ても真面目そうな性格だが、肝が小さい。大きな壁にぶち当たると途端に尻ごみや怖気づいてしまう。時にパニックに陥る事も。その分一つの事に対しては誰よりも集中力を持ち備え、それをいち早く自分の身に入る特技はある。

 さっきのは何だったのか・・・・。

 私は強い不快感を味わないながら、来た道を戻っていた。ようやく記事のネタになったと思って意気込み勇んでは、単なる道端で起きた、猫同士の喧嘩であれほど盛り上がるとは・・・。

 とんだ空振りだ。

 がっくりと肩を落としながら、ついさっきの自分の姿を見直して、少し恥ずかしくなる。向こうも向こうだが、自分も所詮他人から見ればとりとめのないことなのだ。そう思うと余計にやる気が落ち込んできた。

 日差しは変わらぬ調子を見せている。私の体半分を焦がすようなどの照らしようだ。後頭部の産毛が妙な感触を漂わせているのを感じた。

 私の調子は何処までも修正もなく傾き続けるのに、昼になっても太陽は一向に傾きを見せず、ずっと私の背中を追っている。背中に伝わる熱が、私の気力を奪い取り、焦りを増著しているのをあの太陽は知っているのだろうか?無謀に近い想像に心半分囚われていたのにハッと気付けば、私の立ち位置は木陰の在る道路沿いに足を運ばせていた。無意識も甚だしいことだが、とりあえず目に付いた場所があったので、私はさっそく向かう事にした。

 通り沿いにあった近くの自販機でコーヒー缶を一つ買い、少しの間一服することに。煙草はこの世代で珍しいのか、吸う事は一切ないと考えている。要は吸わないのだ。少し肩身の狭い生活を強いられていたのかもしれないだろうが、私はこれが至って普通の大人だと思っている。コーヒーを持つ手が無理矢理に喉へ押し込む。綺麗に隙間なく入り込んだ流動物は、私にある事を思い出させていた。

 この季節になると、もうひとつ可笑しな事が私の中で起きる。それは両親の顔がすっかり忘れてしまう事だ。不思議なことと思えるだろうが、これは毎年この時期になって起こるのだ。今の私には育ての親などは必要ないのだが、幼少の私だったとすればそれは違うだろう。何故なら私の両親は、私がまだ物ごころの着く前に二人とも亡くなっていた。否、すでに亡くなっていたことを聞かされたのだ。

 私が両親の死を知ったのは10歳の頃だったと思う。記憶が断片すぎるがその年代に近かった。それまで私と同年代の子供達やそれよりやや下か、もっと年が上の子も沢山いた場所で、何となく暮らしていたのだろう。

 児童施設。

 私には最初、この単語に深い意味を持つことは無かったのだろうか。自分とおなじ子供がたくさんいることが、私にとってのそこでの幸せではなかったのではないのだろうか?

 唐突に例えばの話になってしまえば、私は再び両親の事を思い出そうと躍起になる。だが、だめな結果に終わるのは分かっていた。探れば探るほど、そこからどうしても目の前で霞がかかった様に記憶の断片がぼやけ、深く沈む様に無くなっていく。確かに分かる事は、両親は既にこの世にいないこと。それが分かっていながらも、私はどこかでその事実を否定しているのかも知れない。そしていつの間にか両親がいまでもどこかでひっそりと生きているような気がしてならないのも、幼い頃の面影が強く残っているからだ。どちらにしろ、今の私に真実を探るすべは無い。私が生まれた土地、両親の暮らした場所も、今では幻の様に時間の流れに消え去ってしまった。

 喉に流れ込んだ冷えた黒い液体物が日で熱く火照った体を一時的に冷ましてくれる。これもいつかは身体の熱に変化されることだが、無いよりはましだ。何も持っていない手が、今度は顔の上へ移動した。額ににじんだ汗が空になった空き缶に伝わってすぐにはじけたからだ。またでてきた汗をぬぐおうと、手は勝手に反応した。まだ額から噴き出す汗を、手の甲で拭いながらまたハンカチが必要になる事を予想した。それより複数のハンカチを持つのではなく、今度は大きめのタオルでも持参しようかとも今思った。

 ふと、自販機の隣には横長の茶色いベンチが静かに佇んでいるのを視線にとめる。まるで自分が座るのを今か今かと待つように、自らの存在をひしひしと私に伝えたかったのだろう。ベンチの座り場所はちょうど木陰になっていて、気持ちよさそうだった。ゆっくりと腰を据えてベンチに座り込み、少し呆ける。仕事中なのだが、今日はこれ以上日差しの下に出たくなかったからだ。木陰のほうに佇み、風が来るのを待つ。木陰に来れば風が自然と流れるのは何故かと考えたことはあるが、どうという事でも無い。熱い日差しの下では、風が吹いても気づきもしない人の感覚らしい。外部からの刺激とは普段生活する場所より、敏感に反応する環境ではないと分からないことを、どこかの誰かが言っていたのを聞いた記憶がある。仮にそうだとだとしても、ただ聞いただけでそれは大真面目に信じることも無い。これも一興の内として、次第に記憶の中から薄れていくのだろう。

 風が吹き始めていた。もう何も動こうとはしない炎天下の中から、涼しい贈り物が来たように思えた。吹きつける風が、無造作に額に張り付いた汗を清々しいほどにさっぱり流し出してくれている。じっとりとしたワイシャツに伝わる自分の汗が、酷く気持ち悪く感じた。今日も通勤姿のままいつも通りの服装で来ていたが、今日はこれじゃなくてもよかったのかもしれない。気分転換である休憩時間も熱い季節に近づくほど、長くなっていく。仕事はきちんとこなしたいが、それほどもまでに根気詰めでない。私も所詮人の子。怠けたい時だってあるのだから。それが今じゃなくてもいい、どんな時間帯、場所でも私は普通であり続けているのだ。だから私は目につくモノに興味をすぐに持ち、すぐさまに食いついて行く。餌をねだる動物のように。私には大きな興味本位は計り知れない筈だ。

 「―――――――――!!」

 聞き慣れない高い声が聞こえた。増幅しようとして、帰ってその増幅をしすぎたマイクとアンプの音が大きく拾われた様な胃にキリキリきそうなあの音が響いたかと思った。しかし、今耳した音はそれとはだいぶ違っていた。機械的な感覚より、もっと肉声に近いもの・・・。そう、悲鳴だった。

 ―ここでまたチャンスが巡ってきたのか・・・!!

 私は不謹慎な考えを持ち合わせながら、自分の性格を改めて自己で感心していた。

 だからとは言い難いが、私の耳に、女性の悲鳴が聞こえれば、私の脳内はすぐさま反応を開始して、身体にエンジンを掛ける。今まで暖めてあった体の隅々にその伝達が通り、私の視線はすぐに上昇を果たすと、間をおかず、まして無駄もなく悲鳴の下方角へ向いた。

 「なんだ・・・?」

 ひとしきりの休みだった私の瞳が瞬く様に生き返り、自ら輝いたような感じがした。私の記者としての何かの勘が働いたのかも知れない。

 そうは言っても私の記者人生にそのような華やかしい功績があるわけでもない。これもまた一言で普通の立場である。最良といえるポジションにいるわけでもなく、まして会社から追い出される危機感がある立場に立たされているわけでもない。そう言った場所では確かに目立つタイミングを逃した、何とももったいない一人でもある。だが、あの人だかりと悲鳴はどうしても気になって仕方なかったのだ。

 私の他にも、その悲鳴を聞きつけ、飛び出してくる野次馬達。少なかった黒山の人だかりは見る見るうちに成長を果たし、もうすぐ私の目前まで、人の壁ができそうだった。

 空き缶を片手に、私は勢いよくベンチの脇からスッと這い出した。ガタンと平衡の出ていないベンチの肢が小さく音を鳴らしたが、もう私の耳に入ってこない。視線と聴覚は常に同じところへと向かっていたからだ。 

大の大人が肝試しをする時の感覚はどんなものか想像してみました。お化け屋敷ってどうもあの雰囲気に耐えられなくなって走ってしまうよ。

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