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第9話 夢魔


――ふと、誰かに額を触られたような気がして、花音は目を覚ました。


謁見の後、サマンサに連れられてドレスの部屋に戻り着替えをした。そのまま部屋でサマンサが運んでくれた軽食を食べると、急に眠くなってしまったのだ。そこからの記憶が無い……。


けれど、心臓がドキドキしていてなんだか嫌な夢を見ていたような気がする……。


花音は目を開けると、いつのまにか自分が立派な天蓋付きのベットに寝ていることに気付く。


「ごめん。起こしちゃった?」


耳をくすぐる様な優しい小さな声が聞こえた。


花音が声のする方に視線を移すと、ヴィオの美しい紫の瞳が優しく花音に向けられていた。ヴィオの動きに合わせてサラリと流れる金髪がランプの光で輝く。


(綺麗……)


花音は純粋にそう思った。ヴィオがいることに気が付くと、嫌な夢を見ていたような感覚がスッと消えたような気がした。


「ヴィオ……」


夢うつつで花音はヴィオに呼び掛ける。


「ん?」


「……どうしてヴィオは私に優しくしてくれるの?」


謁見の後に訊ねたかった、もう一つの質問を花音は口にする。


ヴィオの美しい紫の眼が驚いたように花音を見つめた。しかし、すぐにその目には優しい光が戻る。


「カノンのことが大好きだからに決まってるでしょ」


そう言い切るヴィオの言葉に、花音の方がボッと顔を赤くした。


「そ……そういうコトじゃなくて……」


恥ずかしさのあまり、毛布で顔を半分隠しながらも花音はもっと何かを聞きたいような素振りを見せる。


ヴィオはクスッと笑って、口を開く。


「じゃあ、言い方を変えようか。カノンが僕を蘇らせてくれたから……かな?」


そう。花音が弾いてくれなかったら、ヴィオは倉庫の中で眠り続ける運命だった。


「……私が?」


花音がピンとこない、と言った顔をしてヴィオを見つめる。


奏者が愛情を持って演奏してくれることで、楽器は命を吹き込まれる。永い眠りで消えかけていたヴィオの命を、小さな花音が再び蘇らせてくれたのだ。


「そ。カノンが僕のことを大切に、愛情を持って弾いてくれたから、僕は救われた……。だからカノンに感謝してるんだ」


――そして、ヴィオは自分の心に感謝の気持ちだけではない、好きというだけでは足りない気持ちが生まれ始めていることも自覚していた。


……愛している、かもしれない。


全ての困難から彼女を守ってあげたい。いつも笑っていて欲しい。――そして、願わくはまたあの頃の様にバイオリンを楽しく弾いて欲しい……。


ヴィオが願っているのはずっと前からそのことだけだった。


「さ、もう少し寝ていいよ? ゆっくり休んで」


ヴィオがそう言って、優しく花音の頭を撫でる。


けれど、花音は少し眠るのが怖かった。また嫌な夢を見るかもしれない……


「ヴィオ……手、繋いでもいい?」


謁見の間で握ってくれていた手の温もりを思い出して、花音は柄にもなくヴィオに甘えた。


ヴィオがまた驚いたように花音を見つめたが、すぐに優しく笑ってカノンの手を握り締めた。


「カノンが眠るまで、繋いでるね」


ヴィオがそう言うと、花音は気恥ずかしさと、心地よさが綯い交ぜになったような気持ちで、小さく微笑みを浮かべると、再び目を閉じたのだった――。





――諮問会議が終わった後、ヴィオがサマンサに案内されて花音の部屋に入ると、花音は眠っていた。


しかし、穏やかな眠りではなく額に汗を滲ませ、悪夢にうなされていた。


「先ほどからずっとですわ……」


サマンサが沈痛な面持ちでヴィオに告げた。


「そうか……。サマンサ、ご苦労だった」


ヴィオがそう言うと、サマンサはいつも通り優雅に一礼して部屋を静かに出て行った。


サマンサが部屋を出て行った後、ヴィオは静かに花音の額に右手を置いた。


……熱は無い、か。ということは……。


そう思った時、花音が目を覚ましたのだった――。




あの時、ヴィオは既に花音の悪夢が誰の仕業なのか気付いていた。


花音がもう一度眠りについたのを確認すると、ヴィオは名残惜しそうに花音の手を放し、毛布を整えた。


そしてスッと立ち上がると、天井の一角を見つめて小さく呪文を呟く。


するとヴィオが見つめる場所に、段々と黒い靄のようなものが浮かび上がってきた。


「やはり夢魔か……」


普通この辺りには夢魔は生息していないはずだが。


「カノンの魔力に誘われたか……」


ヴィオはそのまま夢魔を消滅させようと思ったが、ふとさっきの甘えた花音を思い出した。


『ヴィオ……手、繋いでもいい?』


あんな風に潤んだ瞳でヴィオを見つめる花音は初めてだった。もちろん、あれは夢魔の魔力に当てられたからだったのだろう。


「……ふむ」


ヴィオは急に思い直して夢魔にかけた消滅の魔法を解いた。


「ハッ……カハッ…!!」


苦しそうに呼吸をしながら夢魔が、黒い靄から本来の姿を現した。


褐色の肌に金色の目を持ち、紫黒色の髪の間から螺旋状に伸びた角を生やした、少年とも少女ともつかない姿をした夢魔だった。


「貴様。このまま消滅するか、僕に仕えるか、選べ」


ヴィオが冷たい声音で夢魔に話し掛けた。


夢魔はビクリ……と体を震わせると、すぅっ……と天井から降りてきてヴィオの前に跪いた。


「お仕えさせて頂きます……マスター」


その瞬間、ヴィオの足元から魔法陣が現れて夢魔の四肢を光の鎖で縛りつけた。夢魔が囚われた痛みに一瞬顔を顰める。そして、そのままフッ……と鎖は消えた。


「契約完了だ。お前の今後の働きに期待しているぞ」


ヴィオはそう言うと、静かに歩き出し花音の部屋から退出していった。


夢魔もヴィオが退出すると、頭を下げ静かにその姿を闇に溶かして消えた――。









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