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第8話 謁見


「お待たせいたしました。カノン様のご準備が整いましたわ」


そう言ってサマンサが謁見の間の控室に入室してきた。そしてその後ろからおずおずと入ってくる花音を見た瞬間、ヴィオは心の中で呟いた。


(サマンサ……グッジョブ!!)


純白のドレスに身を包んだカノンは輝くほどの美しさだった。そして恥ずかしそうに顔を赤らめて俯くカノンが儚げで、まるで天使が舞い降りた様だった。


控室内の各出入り口を守っている衛兵たちも花音が入室した瞬間、全員が花音に目を奪われ溜息とも感嘆の声ともつかない「ほぅ……」という声が漏れた。


「カノン……」


ヴィオが花音に歩み寄る。


「すっごくすっごく似合う……よブッ!!」


あまりにも近くで、あまりにもキラキラした目で見つめてくるヴィオの視線に耐えきれなくなった花音が、ヴィオの顔を左手で思いっきり押し退ける。


「ち……近いってば……」


「だって、花音が可愛くて可愛くて……!」


ヴィオは押し退けられても、負けじと花音の方へ視線を向ける。


「うぉっほん……。ヴィオ様……そろそろ、謁見のお時間ですが。よろしいですかな?」


部屋の隅に立っていた髭を生やしたオジサンが、業を煮やした様にヴィオに声を掛ける。


「え? ……ああ! すまない、タブラチュア卿。では、始めてくれ」


急に真面目な顔に戻って、ヴィオが姿勢を正す。


部屋の空気が急にピリッと張り詰めたような気がして、花音の緊張が高まった。


小声でヴィオが花音に話し掛ける。


「そんなに緊張しなくていいよ。カノンはいつも通りでいいからね」


そう言って、ヴィオは自然に花音の左手を取り、少し自分の方へ引き寄せる。花音は緊張が最高潮に達していて、もはやヴィオにされるがままだった。


その直後、タブラチュア卿の朗々とした声が響き渡った。


「ストリング王国第一王子、ヴィオール・ド・ストリング様が【異弦の聖女】をお連れしてお戻りになられました」


え!? 王子!?


花音が急に入ってきた重要情報に目を白黒させる。


しかし、タブラチュア卿の声を合図に控え室の扉は既に開け放たれ、もはやヴィオに確認している時間はなかった。


謁見の間の赤い絨毯が見えた瞬間、


「さ、行こう。カノン」


と、ヴィオが花音の手を引いて謁見の間へ進み出た。


花音は謁見の間の想像以上の広さと居並ぶ人の多さにクラクラしながら、ヴィオにエスコートされるままついて行く。


ヴィオと花音が謁見の間に足を踏み入れた途端、謁見の間の列席者達からざわめきと感嘆の声が上がった。


「国王陛下、ただいま戻りました。ご命令通り、こちらに【異弦の聖女】をお連れいたしました」


ヴィオが良く通る声で国王に報告をする。


「うむ……異弦の聖女よ。名は何と申す?」


花音は緊張しすぎて、自分に問われているとすぐに認識できずにぼーっと国王を見つめる。


「彼女の名前はカノンです」


ヴィオが答えた。


王は「ふむ」と頷くと、再び花音に話し掛けた。


「それではカノン殿が聖女であることを示すため、ここで異界の弦を震わせてみてはくれまいか?」


「……え?」


突然の王様のムチャぶりに花音はたじろぐ。


……こんなに大勢の前でバイオリンを弾く…? き、聞いてないよ……絶対イヤ!!


審査員の前で緊張しながら嫌嫌バイオリンを弾いていたコンクールの記憶が蘇ってきて、胃がキリキリと痛み、吐き気を感じる。


その時、ヴィオが花音の左手をギュッと握って「大丈夫だよ」と呟いた。


「父上、お待ちください」


ヴィオがそう言って、花音の手を放してすっと一歩前へ進み出た。


「聖女の力は非常に大きなものなので、このような場所で行使するには些か危険かと。力の発現については私が昨日確認済みでございます。証拠を見たいということでしたら、東の草原を確認されると良いでしょう。彼女の魔法で森が出来ておりますので……」


……ヴィオ? もしかして庇ってくれてるのかな……。 


花音はヴィオの背中に優しさを感じて、少しだけ心が軽くなった。


「……なるほど。それでは後程その森に兵を確認に向かわせよう」


国王はそう言って、近くに控えている大臣のようなオジサンに目線を向けると、オジサンは「かしこまりました」といって頭を下げた。


とりあえず、人前でバイオリンの演奏をしなくて済みそうな流れになり、花音はホッと胸を撫でおろす。


国王が何かを大臣に伝えると、大臣は立ち上がって言った。


「では、これにて謁見は終了といたします。この後、定例の諮問会議を行います。関係者はご参加されますように」


大臣がそう言うと、国王が立ち上がって袖の方へ退場していく。


ふと気が付くといつの間にか居並ぶ人々が皆頭を下げており、国王の退場姿を見ているのは花音とヴィオだけであった。


「さ、僕達も出ようか」


国王が退場するとヴィオがそう言って、また花音の左手を握った。


「え? いいの?」


他の人たちはまだ頭を下げている。


「僕たちが退場しないと、彼らも帰れないから……」


そう言って、ヴィオは花音の手を引き先ほどの控室へ戻った。


控室へ入ってようやく緊張が解けた花音は、謁見の間中ずっと聞きたかった質問をヴィオに投げかける。


「ヴィオって、王子様だったの?」


花音がその質問をした途端、周りにいた全員……衛兵もサマンサも、当のヴィオも『は?』と言わんばかりの顔をした。


「ご、ご存じなかったのですか? ……ヴィオ様、お伝えになっていなかったのですか?」


サマンサが驚いたように言う。


一瞬の沈黙の後、ヴィオが首を傾げながら言った。


「……言ってなかったっけ?」


ヴィオのあっけらかんとした物言いに、花音は脱力する。


「……ま、いいけど」


それ以上、追及するのも、聞いてなかったことを怒るのもめんどくさくなって、花音はその話題を強制的に終わらせる。


「カノン、疲れたでしょ? しばらく部屋で休んでて、僕はこれから諮問会議に出ないといけないから……」


「……うん」


とにかく休みたい。そんな気持ちでいっぱいだった花音はヴィオの言葉に素直に頷いた。










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